「消えた記憶」


第二大陸クォルピア、王都スェルダンルの宿屋にイルアはいた。
部屋にはイルアとラティーの二人で泊まっている。クレーターの様子を調べに行ってきた
だけだが、なぜか無駄に疲れを感じてしまう。なので早く寝ようとベッドに横になってみた
が結局は眠れないまま時間が過ぎていた。
「――やっぱり寝れない……ラティーはもう寝ちゃったか」
もう一つ用意されてあるベッドの枕の上でスヤスヤと眠りについているラティーを見て、
イルアは笑った。寝付けないままベッドに横になっているのも時間の無駄なので、少し
宿屋の外を出歩いてみることにした。

「さすがに夜は冷え込むなー……」
外に出てみると、寒さが一瞬でわかるくらい冷たい風が吹いた。頬が真っ赤になる。
手も芯から冷たくなるような寒さだ。
「どこに行こう……」
辺りを見回してみると、人は誰もいない。所々に明かりがついているが多分酒場の明かり
だろう。今はそんな気分ではないので違う場所を探してみた。
どこか、落ち着いて物事を考えられる所に行きたい、そんな気分だった。
「あの場所がいいかな」
イルアが見つけたそんな場所は、街全体を見渡せれる高台だった。
木で作られているがしっかりしている作りを施しており、梯子もついていた。
イルアはその梯子に足をかけて寒い風に吹かれながらも登った。
ようやくたどり着いてみた景色はとてもいいものだった。
「ここなら、考えられるかな」
そして、イルアは一人、高台の上から街の景色を眺めながら――昔のことを思い出していた。
しかしわかるはずもなかった。自分が生まれてきたときの出来事など……
思い出せないまま、瞼が重くなり結局高台の上に登ったままイルアは眠りについてしまった。


(これは、何?)
夢の中、イルアが見ていた景色はどこか見覚えのある場所だった。
白くて小さな一軒家。そこには白衣を着た女性がいた。
(あの人はお母さん……だよね)
一人黙々と研究を続けていた。何かに取り付かれたかのように、黙々と。
「出来るはずだわ……子供を作る事だって。可能なはずよ……」
(子供……?)
「ルアグ博士の話によると……この魔晶石を鉱石として使えばいいのね。これで欲しかった
ものが手に入る」
白衣の女性は白く輝く石を手に取り、立てかけてあった試験管を片手にとる。
(なんで、ホムンクルスの子供が欲しかったんだろう……)

辺りが暗くなると、再び同じ景色に戻ってきた。
そしてその場所には小さい赤ん坊を抱えた白衣の女性とルアグ博士らしき人がいた。
何やら揉めている様だ。
「よいのか? その子を本当に育てて行くんじゃな?」
「はい……この子は――イルアは私の子です」
小さい赤ん坊を大事そうに抱える女性を見ているとイルアはとても心が温かくなった。
昔のことをあまり覚えていないイルアにとって、そんなことを思っていてくれた母親が
いたことに嬉しさを感じたのだろう。
「そうか……大事に育てるんじゃぞ。その赤ん坊がいつ狙われてもおかしくないからの」
「わかっています! そのときは、私が全力で守ります!!」
「ならよい。魔晶石の力はすごいからの……気をつけるんじゃぞ」
そういうとルアグ博士は小さい家から出て行った。
「守ってあげるから……」
小さい赤ん坊は何も知らないかのようにキャッキャとにこやかに笑っていた。

再び場面が変わる。
これはあの時思い出した話だ……
相変わらずあの小さい家の中。
「ママぁー、遊ぼうよー」
ぬいぐるみを持った、女の子が一人。
女性の着た真っ白な白衣の袖をぐいぐい引っ張っておねだりをしていた。
「ふぅ……イルア、ごめんね? 今、精霊さんのデータをまとめているから、これが終わったら
ママとあそぼーね」
「ママ、せーれーさんって、何?」
突然の質問に、女性は少し戸惑った顔をして、子供にわかりやすく教えた。
「えっとね、イルア……せーれーさんは、この世界のとても偉い人なの」
「ママよりー?」
「ええ、そうよ……その人たちがいないと、私たち、生きていけないかもしれないからね
――さ、イルアはもう少し一人で遊んでてね」
「……うん、わかったー」
少し残念そうに、その女性の服の袖を離して一人が寝れるぐらいの大きさのベッドの上に寝っころがった。
そのころのイルアにはわかっていた。母親は研究者で忙しい毎日を過ごしている、と。
少し寂しかったけれど、あまり不満は持っていない。
研究が終わったら、いつも外に出て遊んでくれるからだ。
その歳ですでに自分の母親は自分をとても大切にしてくれているんだと。
「イルア、終わったわよー」
「ママー! じゃ、遊びにいこーよ!!」
子供のイルアはベッドから飛び降り、すぐ白衣を着た母親の元へ向かった。
母親はにこやかな笑顔で笑って、イルアの目線と合うように腰を下ろして頭を撫でた。
「そうね。じゃ、いこっか?」
「うん!」

――そう、その日に起こったんだ。
私が狙われるようになった原因がそこにある――

なんだかわからないけれど、思い出を思い出しているというよりは見せ付けられているに
近い感覚だ。思い出しているのなら、イルアが生まれてくる前のことをわかるはずがない。
再び景色が変わった――今度もまた、あの小さい家だ。剣を持った男がいる。
「ファル=ディアーグ……魔晶石はどこだ?」
イルアは再び思い出した……ファル=ディアーグ……それが母親の名前。だから私は
『イルア=ディアーグ』。
剣を持った男は少しずつファルと呼ばれた女性に歩み寄ってきた。
しかしファルは何も言わず、ただ男を睨みつけてその場から一歩も動かなかった。
「魔晶石はないわ」
「嘘を言えっ! わかっているんだぞ、貴様が持ち出したことは。あれは我らが王に捧げる
ためにあるもの。貴様の研究に使ったのは――」
「研究じゃないわ!!」
ファルも負けじと大きい声を出した。睨んでいた顔がいっそうに怖くなる。
それほどまでにイルアのことを思っていたのだろうか。
「そこまでないと言うのなら殺してやる!」
「っ!!」
剣で、胸を思いっきり切り裂かれた。
ファルは、床に倒れた。
殺した男は、舌打ちをしてそのまま家を出て行ってしまった。
その光景を夢のように見たイルアは、ショックと共に記憶を思い出していた。
(そう……そのあと、私は――)

「……ん? 私は――」
夢を見ていた。
とても悲しい夢をみせられていた。
イルアは、今、自分が何処に居るのかを思い出した。
スェルダンルの高台の上。
寒い風が肌で感じられた。
「あなたが、思い出させてくれたの?」
胸にあるペンダントを手のひらに乗せて話しかけてみたが、やはり何も返事はしなかった。
そしてイルアは自分の泊まっている宿屋へと戻っていったのだった


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