第Y話 『忘れた記憶と新たな謎』


水晶洞窟で水の精霊ウィルティーと契約後、イルアとラティーは来た道のりを
戻り、また再びスタート地点であるルアグ博士の研究所へ来ていた。

「博士ー、いるですの?」
イルアが入り口のドアを開けると、ラティーが辺りを見渡して博士を探す。
しかし、姿はどこにも見当たらなかった。
「変ね……どこにいるのかな?」
「んー、研究所の二階にいってみますか」
ラティーは少しため息をつくと、実験台の近くにある本棚を調べる。
それをただ見ていたイルアに、ラティーは手招きをして呼んだ。
「私じゃ、この本は重すぎて動かせないですの……イルアさん、お願いですの」
「うん、任せて」
ラティーが指定した分厚い本を両手で出して、床にそっと下ろす。
しかし、何も起こらない。本を抜いて扉が開く、という下手なものでもないらしい。
「それで、その本を一ばーん、上にある1冊ぶん丁度あいてるところに入れてくださいですの」
「わ、わかった……」
一番高いところは、イルアの身長の2倍はありそうな高さ。
それに、この重い本をそこまで持ち上げていれるのはきつい。
「あ、あの、ラティー……梯子とかないの?」
「梯子ならあっちにあるですの」
本棚から少し離れたところの壁に梯子が立てかけられている。
このままじゃ絶対に本は入れられないので梯子をとりに言ってから再び
作業を開始した。
「ぅっ……重っ!」
「イルアさん、ファイト、ファイト、ですの♪」
「ぅぅぅっ……」
本を持ち上げるので一苦労だったけれど、片手で持って、梯子をもう片方の手で支えて
一歩一歩、慎重に上に上がる。
そして、本を不自然に空いているところに入れると、本棚が動き出した。
その奥には隠された二階への階段が。
「ルアグ博士らしい、ね……」
「そうですねぇ〜」
ちょっとこういうめんどくさい仕掛け作るのはやめてくれと内心イルアは思っていた。
そして新たな疑問が生まれる。
「ラティー、あのさ……これ、あのお年寄りのルアグ博士もやってるの?」
「博士は無理なんで、別の通路から言ってますですの! でも、私はその通路知らないから、
この方法でしかいけなかったですの……」
「そ、そうよね……あ、あはははは――って、それより話を聞きに行かないと」
イルアとラティーは隠し部屋にある階段を登り、研究所の二階へ向かった。

「む、お主らもうあきらめて帰ってきたのかの?」
「ちーがーいーまーすっ、ですの!!」
ラティーは頬を膨らませて腰に両手を当てて言った。
確かに好きで戻ってきているわけではないのだ。
「あの、ルアグ博士。実はお聞きしたいことがあるのですが」
「なんじゃね、娘っ子」
「……あの、このマルディアグに危機が訪れているというのは、本当でしょうか?」
「――ほほぅ」
ルアグ博士は伸びたひげに右手を当て、目を瞑って考え込んだ。
「そうか、そうじゃったか……確かにこの世界、マルディアグに危機は訪れておる。
とっくの昔から、の」
「えっ」
意外な返答に、イルアは吃驚して声を漏らす。
(とっくの昔から……じゃあ、なんでみんな気がつかないの?)
という疑問を持つ。
「そうじゃな……多分、あの『ディメガス』も関連しとったんじゃろうな。
それと、不思議なことにこの世界、マルディアグ以外でもその事件は発生しとるようじゃ」
「じゃあ、グラディームも同じようなことが起こったんですの?」
「多分そうじゃ……それについては話を聞ける人物が欲しいのぉ」
何かワザとらしく窓の外を眺めて言う。
といっても、グラディームからマルディアグに来て、残っている人物といえばゲイザと……
「キシュガルさんを連れて来ればいいですの?」
「まあ、会ったらでいいんじゃが。あの二人は各地を歩き回って旅をしとるから、何かないと
会う機会も少ないじゃろうからな」
「わかったですの! 会ったら連れてくるですの!!」
「それで、博士」
イルアが少し強引に話題を元に戻す。
「その危機は、どういうことです?」
「二つの世界が狙われとるか、それとも破壊されようとしているのか、どっちかじゃ」
「破壊か、奪われるか……」
「それに、そいつらの攻撃は今は止んでいるが、またすぐに始まると思うぞい」
「そうですか……」
「それにしても、何故わかったんじゃ? 世界の危機が訪れている、と」
さすが天才。鋭いところをついてくる。
ミリアのことを言ってもちょっと色々と不都合があるので、イルアは精霊の話をすることにした。
「水の精霊、ウィルティーと水晶洞窟で契約したとき……言っていました」
「精霊、とな……」
その言葉を聞いたとき、ルアグ博士は再び考え込む。
やはり、精霊という実体が実証されていないこのマルディアグではこの話は難しかったのかもしれない。
「いやいや、精霊という存在はやはりいたのか……本当はな、実証されかけていたのだが、その研究者が
死んでしまってのぉ」
「そ、そうですか……」
「思い出したかの?」
ルアグ博士の一言で、イルアの苦笑が顔から消えてどこか悲しみを隠したような表情になっていた。
それは、過去のことだった。

昔。今から10年以上も前の話。
セントグラームという町から少し離れた森の茂みに、小さい小屋があった。
そこには、一つの家族が住んでいた。
「ママぁー、遊ぼうよー」
ぬいぐるみを持った、女の子が一人。
女性の着た真っ白な白衣の袖をぐいぐい引っ張っておねだりをしていた。
「ふぅ……イルア、ごめんね? 今、精霊さんのデータをまとめているから、これが終わったら
ママとあそぼーね」
「ママ、せーれーさんって、何?」
突然の質問に、女性は少し戸惑った顔をして、子供にわかりやすく教えた。
「えっとね、イルア……せーれーさんは、この世界のとても偉い人なの」
「ママよりー?」
「ええ、そうよ……その人たちがいないと、私たち、生きていけないかもしれないからね
――さ、イルアはもう少し一人で遊んでてね」
「……うん、わかったー」
少し残念そうに、その女性の服の袖を離して一人が寝れるぐらいの大きさのベッドの上に寝っころがった。
そのころのイルアにはわかっていた。母親は研究者で忙しい毎日を過ごしている、と。
少し寂しかったけれど、あまり不満は持っていない。
研究が終わったら、いつも外に出て遊んでくれるからだ。
その歳ですでに自分の母親は自分をとても大切にしてくれているんだと。
「イルア、終わったわよー」
「ママー! じゃ、遊びにいこーよ!!」
子供のイルアはベッドから飛び降り、すぐ白衣を着た母親の元へ向かった。
母親はにこやかな笑顔で笑って、イルアの目線と合うように腰を下ろして頭を撫でた。
「そうね。じゃ、いこっか?」
「うん!」

そんな日々は、何者かに突然消されてしまった。
それだけは覚えている。殺された瞬間が思い出せない。
別の場所にいたわけじゃない。ただ、思い出せない。
「母が、精霊の研究を……以前していました」
「イルアさん……」
ラティーは悲しみを隠しているイルアを見て、少し戸惑っていた。どう声をかければいいか。
「無理せんでもええのにのぉ……まあ、確かに娘っ子の母親じゃな、精霊を調べとったのは」
「実証される前に死んでしまったんですね」
「……そうじゃのぉ。それより、また精霊を探すんじゃろ? あっちの方はどうするんじゃ?」
あっち――ゲイザのことだろう――も大切だけれど、今は精霊を探すほうを優先したい。
「世界の危機を救うためには、私が精霊を集めなきゃいけないから……そっちの方は一旦休憩にします」
「そうかそうか……娘っ子も母親に似てるのぉ」
「えっ」
イルアの驚きの声にルアグ博士ははっとなり、すぐ視線をそらして話をすり替えた。
なんだかイルアははぐらかされた気分になった。
「そうじゃの……記憶が正しければ、この辺りの地下洞窟に『地の精霊』がいるはずなんじゃが」
「この町にあったと思いますですの!」
ルアグ博士とラティーの助言によって、次の目的地は決まった。
地下洞窟に地の精霊と契約しに行く。
「それじゃ、ルアグ博士。私は地の精霊と契約しに行くので――」
「ちょっと娘っ子や。焦るでない……」
階段を下りようとしていた足を止め、イルアは再びルアグ博士のほうを向いた。
「風の精霊はここから北東にある風の谷にいるはずじゃ」
「わかりました……それじゃ」
「またですの、博士!」
イルアとラティーの姿が消えると、ルアグ博士は珍しくため息を深くついた。
「とんでもないことになろうとしてるのぉ……」
天井にある窓から空を見上げる。
「空にある黒い点……あれはもしかしたら――」


続く……

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