第W]X話 『あなたへの言葉』


「結構高い……今何階かしら?」
グラディームの天にそびえる塔、破滅の塔をイルアは登っていた。
多分、この塔の頂上にグライアはいるはずだ。
今回が、ゲイザを助ける最後のチャンス。
これを逃したら、一生ゲイザは助けられないかもしれない――
(待っててね、ゲイザ……必ず、元に戻してあげるから)
そして最後の階へと足を伸ばした。
そこには、仮面を付け、黒いマントを羽織った剣士、グライアがいた。
監視役のルミィーはいなかった。
最上階は石で作られた、天井がドーム上になっている部屋。
邪気にも似たものが感じられ、微かに温かさも感じられる場所だった。
「良く来たな、イルア=ディアーグ」
「話って、何?」
グライアは二つの剣を何処からか取り出し、構える。
「どうやらお前は俺にとって、邪魔な存在のようだ」
「っ!!」
その言葉にイルアは一瞬驚いた。
「お前が存在していることで、俺は胸が苦しくなり、頭が痛くなる……わかるか? どう
しようもないこの痛みと苦しみが。お前を見ているだけで、俺は変になってくる」
仮面に隠れたその顔は、きっと憎しみで歪んでいるのだろう。
しかし、今のグライアには苦しむ様子もなく、ましてや頭も痛そうではなかった。
「この場所なら、精神が安定するようでな……いつもの力を十分に発揮できる」
「グライア……!」
イルアも、鞘から剣を引き抜く。
今回は小刀を持っていないので、精霊の力は借りれない。
自分の力で、戦わなければいけないのだ。
「消えろっ!! 俺の目の前からっ!!」
グライアが、剣をイルアに向けて振付けた。
「やらせないっ!」
曲刀で、それを何とか防ぐ。しかし、反撃はしなかった。
「おらっ! どうした!! 攻撃してこいっ!!」
次々と襲い掛かる斬撃を、イルアは曲刀で弾いたり防いだりするだけだった。
どうしても、ゲイザ――グライアを傷付けられなかった。
「せめて、その仮面だけでも!」
イルアは曲刀を上に振り上げ、グライアの仮面を上手く割った。
「素顔で、私を見て!! そして思い出して!!」
「何を思い出せというのだ!!」
再び襲い掛かる剣を、イルアは曲刀で受け止めた。
「あなたには、掛け替えのない思い出があるはずなの!! どうして思い出せないの!?
大切な人を失う辛さも、忘れてしまったの!?」
「俺にはそんな人間いない!!」
グライアの剣に大きい力が加わりイルアの曲刀は弾かれてしまった。
「お前はなんだと言うんだ!! 何を言いたいっ!」
聖剣ラスガルティーが、イルアの腕を掠めた。
二の腕から血が流れ出て、痛みが感じられた。
「私は、あなたを助けたいのっ……ゲイザを、闇から救ってあげたいの……それがどんな
に辛くても、私はゲイザを助けるまでは――」
イルアは覚悟を決めていた。
ゲイザを助けるためなら、命がなくなろうと構わない。
せめて、助けてくれた大切な人を……今度は自分が助けたかった。
出来るなら、ずっと一緒にいたい。
もっと、沢山の思い出を作りたい。
悲しみを共に乗り越えていきたい。
喜びや苦しみを一緒に感じてたい。
けれど、それよりも助けたかった。
自分のために、全てを失ってしまった大切な人を。
大切な人を失い、心を閉ざしながらも――
人を思いやり、そして強い心を持ち、優しい気持ちにしてくれる。
そんな大切な人を……
「私はっ、私は……ゲイザを何でも助けてあげたいの!!」
イルアは目に涙をためながら、グライアに叫んだ。
しかし、目の前にいる男は、すでにゲイザではなくなっていた。
闇の心しか持たない、仮面剣士。
「何が思い出だ!! 何が闇から救ってあげたいだ!! 俺がいつ、そんなことを願った
!! 俺はな、ただ――」
目の前にあるのは、ゲイザの顔。
でも、心はすでにゲイザではなくなっていた。
「お前を殺したい……それだけだ」
そのとき、イルアの胸にある、ミリアのペンダントが光り輝いた。
とても温かい、そんな感じがイルアの心に伝わる。
「なんだ、この光はっ!!」
『イルアちゃん、諦めないで――私も手伝うから』
聞こえた。しっかりと、ペンダントからミリアの声が。
『一緒に、ゲイザを助けよ? あなたと私の光で――』
「うん……」
目の前には、白い剣と黒い剣を構えた剣士が。
「うっと惜しい光だ……消えろっー――!!」
「やらせないっ!!」
黒い剣を、イルアに突き刺すように構えてグライアは走ってきた。
「ミリアちゃんだけはっ――」
『イルアちゃん!?』
叫びにも似た、驚きの声が心に響いてきた。
けれど、イルアは曲刀を構え、グライアと同じよう突き刺すように構えた。
「はぁぁぁー――っ!!」
「でやぁぁー――っ!!」
イルアとグライアの剣が、交じり合い、その剣は……
「っ――」
曲刀は、グライアの腕を掠め、黒い剣はしっかりとイルアの胸を突き刺していた。
しかし、ミリアのペンダントには当たっていない。
わざとイルアがそこに当たらないようにしたのだろう。
そして、なぜかグライアはその光景をみて、目を見開いていた。
「イ、ルア……? 俺、は」
「思い、出して……くれた? ゲイザ……」
イルアの瞳には、涙が溢れていた。
痛みによるものと、やっとゲイザを助けられた涙。
「ご、めん……ね。せっかく、くれた命……だけど、ゲイザの、ために……っ……はぁ
っ……使えた……から。わた、しは……う、れしい、よ」
剣は、イルアの胸に突き刺さったまま、ゲイザの動きは停止していた。
イルアは片手に握っていた曲刀を落とし、痛みに耐えながら微笑んだ。
「こう、やって……また、話せて……嬉しい」
「喋るな!」
けれど、ゲイザは剣を引き抜かなかった。引き抜いたら、イルアは死んでしまう。
回復術を使えないゲイザは、どうしようもなかった。
「ほん、とに……ごめ、んね……そして、ありがと――」
口から血を吐き、涙を流しながらイルアは瞳を閉じてしまった。
ゆっくり、イルアの胸から剣を引き抜く。
血を胸と背中から流しながら、床に倒れた。
「俺、は……また自らの手で……っ!!」
床に膝をつき、ゲイザはミリアをその手で殺したときのことを思い出した。
そんな悲しみがゲイザの胸を締め付けた。
そのとき、目の前に誰かが現れた。
人の気配ではない。
「ゲイザ」
上を見上げてみると、ゲイザの顔を覗き込むようにミリアが見ていた。
しかし、その姿は薄っすらと消えていた。
「また、会えたね」
もう二度と見れないと思っていた微笑が、ゲイザに向けられた。
「ミリア……なんで」
「私はゲイザに殺された。だけど、それは肉体だけ……心は、ゲイザが大切にしてくれた
ペンダントの中に入っていたんだよ……だから、今までのことは全て見てきた」
ふと、ミリアはイルアの方を見た。
もう目を開けることのない、彼女はまだ瞳に涙の粒があった。
「マイちゃんもね、生きてたんだけど……人のために、消えていっちゃった」
「そう、か……」
「ね、ゲイザ」
再び俯いたゲイザの顔を見るために、ミリアはしゃがみ込んで覗き込んだ。
そして、再び微笑んだ。
「私の力を使って。ドールの、光の力を解放するの……」
「光の力を解放……?」
「私の心の力を使えば、イルアちゃんを助けられる」
ミリアは立ち上がり、イルアを再び見た。
「ゲイザの剣で、イルアちゃんの胸にある私のペンダントを壊して……」
「しかし、お前は――」
「私は、いいの」
ミリアは微笑んでいた。
「ゲイザたちの旅を見て、イルアちゃんと一緒に旅をして――そしてまた、あなたと話せ
た。それだけで、私は満足だよ」
その言葉を聞くと、ゲイザは立ち上がりラスガルティーを片手に構え、倒れたイルアの所
までゆっくり歩み寄った。
「今度こそ、さよなら、だな」
「いいって、いったでしょ?」
ゲイザの後ろを、ミリアは歩いていた。
少し、泣いているようにも感じた。
「イルアちゃん、ゲイザのためにすごく頑張ったんだから……ずっと傍で見てきたから、
私にはわかるよ」
「ああ……これで、イルアは助かるのか?」
「うん。光の力は、人を助けるためにもあるから――」
ゲイザは聖剣ラスガルティーを縦に構えた。
「一緒に、やってくれないか?」
「いいよ……」
ミリアはゲイザの背中にぴたりとくっつくと、剣を持つ手に、そっと手を添えた。
消えかけている体なのに、何故か肌と肌がくっついて、暖かさが感じられる。
「いくぞ」
「ありがとね……ゲイザ」
「改まって、どうした?」
「いや……なんでもないよ――ペンダントを壊して、私が消えても……ちゃんと見てるか
ら。あなた達の物語を」
「ああ。見ていてくれ……」
そして剣は振り上げられ、イルアの胸にあるペンダントは破壊された。
光が辺りに広がり、そしてイルアの傷も治っていった。
ちゃんと、息もしている。
それを確認したゲイザは、剣を消して最上階を降りていった。

「これからどうするんですー?」
「ルミィー。お前、なんでここに……?」
最上階を降りた階にはルミィーがいた。
ずっと待ってくれていたのだろうか。
「俺は、もうアラグダズガの元へと戻る気はない……お前とも、もうお別れだ」
「それは悲しいです〜……でも、ルミィーはあなたの監視役です〜」
なんだかルミィーは離れる気はないようだ。
「お前のマスターはルディアだろう?」
「あ、言い忘れてましたけど……マスターチェンジしたんですよー」
「なんだそれは」
ルミィーはなにもいわないで、ゲイザの肩に乗っかった。
「グライアさん……じゃなくてゲイザさんが、私のマスターですー」
「ルディアがそうしたのか?」
「はいですー」
もしかしたら、ルディアは最初から自分が敵になるのを知っていたのかもしれない。
そうでなければ、わざわざルミィーをマスターチェンジしたりはしない。
「そうか……なら、もう少し手伝ってもらうぞ。アラグダズガの野望を阻止しなければな」
「頑張ってくださいですー。ルミィーは、応援してるですー……それが、どういう結果に
なろうとも、ずっとゲイザさんの見方です――ホントのホントですよー」
「これからも、よろしくな……」
そしてゲイザとルミィーは眠るイルアを置いてアラグダズガの企むことを阻止する旅を始
めた……

――マインドオブライト(光の心)は人の心を救うもの。
それは知らずのうちに、必ず人の心にある力……優しさの力――


W章『光と闇を探す旅』
――終わり――

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