第V]X話 『もう戻れない場所まで来てる』


クレーターに入り込んだレンは、隕石へと足を向かわせていた。
何故か魔物は自然とレンには近寄ってはこなかった。
これも、マイの力なのだろうか?
「お前はこれでいいのか?」
黒い宝石を左手の手のひらに乗せて、歩きながら訊いた。
『……………』
きっと、心残りがあるんだろうと、レンは思った。
「ゲイザとかいうやつに、会わなくてもいいのか?」
『いいんです。あの人には、会わなくても」
言葉ではそう言っているけれど、声は悲しそうだった。
「何故だ?」
『あのとき、私はちゃんとお別れを言いましたから』
その少女の声は、とても悲しく、今にも消えてしまいそうな声だった。
『ゲイザさんのために死ねて嬉しかった……って』
「そう、か……」
レンは何も言わず、ただ聞いてあげることしか出来なかった。


「私の何がわかるっていうのよ!!」
「あなたは、心の闇に囚われているんです!」
再び来るルディアの剣を、イルアは弾き返した。
そして怯んだ隙に、すぐに剣を持っている腕を浅く切りつけた。
「うあっ!!」
剣を落とし、ルディアは傷口を押さえて呻いた。
「仕方がないわね。ショーンル、グライア、ルミィー……一旦戻るわよ」
その指示にショーンルは「えー」と詰まらなさそうに言った。
「なんだよー。もう少しで殺せるところだったのに」
「ショーンル、戻るぞ」
グライアの一言で一瞬黙り込み、子供らしくもないため息をついて残念そうに肩を落とし
た。本当に子供か? とも疑いたくなる。
「ハイハイ、わかったよ」
その瞬間にルディア、グライア、ルミィー、ショーンルは消えていなくなってしまった。
しかし、今回が助けるときじゃないと知っていても、イルアは少しグライアのことが心残
りになっていた。
「イルアちゃん!!」
牢屋に閉じ込められていた街の人々を助け終わったエーレとラティーがその場にいた。
「王の間の奥の部屋にある石を砕いて!」
「わ、わかった!」
サイグはショーンルとの戦闘で傷を負っているので、イルア一人がその部屋へと向かった。
その部屋は邪気で溢れていた。
「なんなの、この嫌な感じ……この石から?」
とても大切そうに机の上に置いてある石。
イルアは曲刀を構えてその石を斬った。
それと同時に、街にいる魔物たちの気配が一瞬にして消えたのだった。


「俺は、どうすればいい?」
ついに隕石の目の前まで来た。レンは剣を構え、そしてもう片方の手には黒い宝石が握ら
れていた。
そのとき、目の前に残像のように現れた一人の少女。
『レンさん。今までありがとうございます……』
頭を下げて、レンにお礼を言った少女。
灰色の紙で、紫色の瞳をした少女。
「マイ、なのか?」
『はい。私です……』
少し微笑んだマイは、一歩。また一歩とレンに歩み寄った。
『本当は、最後の時を迎えるまで、見ていたかったけど、私はここで終わりです……この
世界の光と闇の物語が終わるその日まで、悲しみは終わりません。けれど、あなたなら、
闇を間違いだと気づけたあなたなら――』
「それに気づかせてくれたのはマイだろ?」
『私が教えなくても、レンさんは気づいていたはずです』
初めてみた彼女に、レンは心を痛めていた。
なぜ、マイが消えなくちゃいけないのか――そんな思いが胸の中にあった。
「もう、戻れないのか?」
自然とそんな言葉がレンの口から出ていた。
『私は……いえ、私たちはもう戻れない場所まで来てる。なんとなく、そうなる前から予
感はしていました……けど、ここまで来ましたから』
「これが、正しいのか?」
『わかりません……でも、私は――人の幸せを望みます』
悲しみを堪えるように、レンは剣を握る手に力を込めた。
「マイが、消えてしまっても、か?」
『ええ、そうです……決して、私は自分の幸福を望みません。十分に幸福でしたから。掛
け替えのない大切なものを、守るために……私はこの道を選びます』
「……………」
悲しいけれど、レンも決心した。
それを感じ取ったマイは、消えて、少し欠けた黒い宝石に心を宿した。
『私の心を、あなたの剣で打ち砕いて』
「……っ!!」
『そして、その剣で、隕石を――』
それが、マイの最後の言葉だった。
レンは黒い宝石を宙へと投げ捨てると、剣で斬りつけた。
見事に宝石は粉々に砕け、剣は黒い光を帯びた。
「うわぁぁぁぁっ!!!」
レンの叫びと共に、隕石は一刀両断され、破壊した。


魔物の現況を絶ったおかげで、少しの安らぎを得ることが出来た。
戦争という誤解も解決し、イルアたちは再び旅を続けることにした。
掛け替えのないものを失いながらも、大切なものを取り戻すために……

V章『消滅戦争』
――終わり――

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