第V]話 『逆らえぬ時の流れ』
研究室の中、目の前に大きな飛行船がある。
サイグとエーレは残されて、ルディフの飛行船フォーグライクスの最終点検を行っていた。
ルディフがニコニコしながら両手をパンパンと叩いた。
「はい、終了〜」
「やっと終わったのね……」
肩を落としてため息をついたのはエーレだった。
頭を片手で抱えて、とても疲れたといった様子だ。
なぜその様子か気づいたサイグはにやけながら後ろからエーレに声をかけてみた。
「そういや、お前って機械苦手だったよな。触ったらすぐ壊すのがオチだったし」
「余計なお世話です!」
そんな様子を見ていたルディフはどこか抜けた調子で(それが通常だが)笑いながらサイ
グとエーレを眺めていた。
「あはは、お疲れ様ー。いやー、ホントに助かったよ……こんなに早く終わるとは思って
もいなかったからねぇ」
「いえいえ、力になれてよかったです」
それにちょっかいをかけるように、サイグは小声で言ってみた。
「壊さなかったのか幸いだったか……」
「兄さん、何かいいましたか?」
とても何か心のうちに秘めているとも言わんばかりのにこやかで口元が引きつっている笑
顔でサイグを見た。
それに気づいたサイグはすぐに首を横に振った。
「あー、なんでもないです」
「……よろしい」
やはり、そんな様子を見ながら笑っている人が一人いる。
「あの、ルディフさん。楽しいですか?」
恐る恐るサイグが聞いてみた。
「うん、とても」
「……………」
「……………」
サイグとエーレも、これじゃ何もいえない。とてもにこやかな笑顔で頷かれると、聞いた
方が逆に困る。
「君達、とても仲良さそうだねぇ」
「はは、そうですか?」
「そんなことないですよ」
少し照れた様子で頭を掻きながら答えたサイグときっぱりと否定をしたエーレ。
それを互いに聞いた二人は互いに見合った。
「なんでそうキッパリと否定をするんだ……とても悲しいぞ、オレは」
「う〜る〜さ〜い〜〜っ」
やはりエーレは引きつった笑顔で拳を振り上げる。
そんな邪気に気づいたサイグはすぐに逃げ出した。
「暴力反対!」
「兄さんのバカッ!」
エーレの右ストレートが命中するまえに、サイグはとりあえず手伝いも終わったことだし
逃げるように研究所を出て行った。
「あ〜あ、白衣着たままだなんて、失敗したな」
街の所々にあるベンチにサイグは座っていた。
どこにあるベンチだなんて、そんなことはわからない。
「はぁ〜……平和だなぁ」
本当に戦争なんて起きているんだろうかというくらい平和だ。
あとは寒い気候がなんとかなれば少しはいいだろう。
なんといっても、今は冬。
しかしこの街には雪ひとつ見当たらない。何か工夫でもしているのだろうか。
――どうでもいいや。
そんなことを思い、ベンチの背もたれに両腕をかけ、空を見上げた。
青い空が全体に広がっている。
「兄さん、みーつけた♪」
「ん?」
青い空が目の前から消え、そのかわりにエーレの顔が目に映った。
「どうした?」
「いや、何してんのかなって思って……隣いい?」
「ああ、いいよ」
サイグの座っているベンチの空いているところにエーレは腰をかけた。
ふと、サイグは横を見てみると彼女もまた白衣を着たままだった。
「なんで白衣着てんだ? お前」
「兄さんを追っかけて出てきたから、忘れてたの」
どこか可愛い子ぶっているのか知らないが、舌を出してウインクしてた。
そんなエーレの行動に、サイグは笑いを少し堪えた。
「バカかお前」
「兄さんだって着てるじゃないのよ、白衣!」
ぷくーっと頬を膨らませてエーレはサイグを睨んだ。
なんだか、見ていると喜怒哀楽の差が激しくて面白い。
「まあ、エーレの鉄拳は痛いからな」
「そんなにいたいの? 私のパンチ」
グーをしてエーレは自分の手を眺めてみた。
しかし、そんなことじゃわかりっこない。
「ああ、そりゃもう。杖で戦うつもりなら、拳で戦った方がいいんじゃないか?」
「うぅ……いーの!! 私だって、魔法使いがいいもん」
今度は拗ねてみせた。ははは、とサイグは笑うとベンチから立ち上がった。
「そっか……んじゃ、そろそろ戻るか。もう日も落ちて来るだろうしな」
「そうだね……」
その頃、イルアを背負ったレンとラティーは研究室へと戻ってきていた。
「ただいま、ですの〜」
いつも通り、ラティーが元気よく挨拶をした。
その声に気づいてルディフは入り口まで走ってきた。
「おかえり……って、大丈夫かい?」
ふと、レンの後ろにいるイルアに目線が移る。
「ルディフ博士、とりあえずイルアを寝かせたいんですが」
「そうだね。それじゃ、とりあえず隣にある僕の家に行こう」
研究室を出て、すぐ横にある家にはいると寝室のベッドへとイルアを寝かせてあげた。
「ルディフ博士、これが雷轟石です」
レンの左手には、黄色い石が握られていた。
それを見たルディフは飛びつくようにレンに近寄ってきた。
「おぉっ! はじめて見たよー。図鑑でしか見たことがなかったから、感激だなぁ〜」
どこにでもいる、とても珍しいものをはじめてみた子供のような反応だ。
レンはすぐその石をルディフ博士に渡した。
「お疲れ様。最終点検も終わったから、あとはこいつを徹夜で設置すれば、フォーグライ
クスは飛行出来るようになるよ……まあ、とりあえず疲れただろうからそこら辺で寛いで
ていいよ。眠かったら寝ればいいし。それじゃ、ボクは研究室へと戻るよ」
そういってルディフはすぐ寝室を出ていった。
夢。またミリアの夢を、イルアは見ていた。
いつもの通り、思い出から――
何処かの城の王の間。
そこにゲイザとミリアと、知らない男と、灰色の髪のミリアと同じペンダントを身に着け
ている少女がいた。
「ミリア!」
「世界、滅する……」
虚ろな瞳をしたミリアはそう呟いた。
いつものミリアではない。それをみたイルアはそう思った。
「まさか、ミリアさん! ――闇に心を呑まれたのですか!?」
「くっくっく……こっちにとっては都合がいい。感情なんてものあったら、殺戮の兵器と
して使えないからな……」
(殺戮の兵器? ドール……か)
男が口にした、殺戮の兵器として使えないという言葉。
もしかしたら、ミリアは殺戮の兵器ドールとして利用されようとしているのだろうか。
「ミリアを放せっ!!」
ゲイザは響き渡るくらいの大きい声で叫び、ラスガルティーともう一本の黒い剣を構え、
右手と左手で一本ずつ持った。
「貴様らの相手をしている暇はない。お前ら、やれ!」
どこからか、兵がぞろぞろと出てきて、目の前に男が見えなくなるほどの人数が出てきた。
「くそっ! ラムダッ!!!」
「さらばだ! じっくり最後の時を惜しむんだな!」
先ほどまでの思い出の光景が消えると、辺りが暗くなりミリアが現れる。
今回は、いつもより悲しそうな顔をしている。
「闇に呑まれてしまった私は、そのせいで消えなければならなくなってしまった」
「ねえ、なんであなたは闇に呑まれたの?」
「とても不安だったの。心が不安と絶望で溢れかえっていた。だから、私は闇になってし
まったの……」
「闇……闇って何なの?」
「とても悲しいもの。とても邪悪なもの。人の心の中に、必ずあるもの。それが、心にあ
る光さえも呑み込んでしまうと、人は破壊や憎しみしかわからなくなり、回りがうるさく
感じて、とてもイヤな気持ちになるんだよ……でも、優しいイルアちゃんには、わからな
いか……」
悲しい瞳で、笑った。
なんだか見ている方が辛く感じてしまう。
そんな笑顔が、物語るものは唯一つ。
「闇は、光に打ち勝てないの?」
「勝てないわけじゃない」
「なら、なんであなたは助からなかったの?」
「闇が、大きすぎたんだよ」
それほどまでに、彼女の心はボロボロになっていたのか。
光のような彼女を、闇に変えてしまった原因は、なんだろう。
そんな疑問が浮かんでくる。
「イルアちゃんとこうして会えるのも、あと、一回……」
やっぱり、悲しそうな笑顔を見せる。
思いがけないことばに、イルアは言葉をなくした。
「え……?」
「次で、終わりだから。私と、ゲイザとの思い出」
泣いている。
涙が、暗いこの場所で光っている。
「そして、私の最後……」
「っ――」
最後はそんなミリアの言葉で、辺りが眩しく光り輝いて意識が遠のいていった。
続く……
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