第U]Z話 『エーレ』


「あれ……? 私――」
イルアが眠りから覚めて、目を開けると、天井が見えた。
体はベッドに沈んでおり、心地よい匂いが部屋中に漂っていた。
「起きたか」
ベッドの横から聞こえた声の方を見てみると、そこにはレンが椅子に座っていた。
「精霊を二体も具現召還したから、体内の魔力が消費されてそれが疲労になり、倒れた」
「あ、そうだった……ごめんね」
えへへ、とすまなさそうにイルアはにっこり笑った。
「そんなことはいい。礼はサイグとその妹、エーレに言うんだ……とりあえず今は休め。
今食べ物を持ってきてくれるからな。食べないことには疲れはとれないぞ」
「うん、わかった」
それから少したって、その心地よい匂いの正体を御盆に乗せながらエーレが慎重に持って
きた。どうやらその様子をみるとスープのようだ。
「イルアさん、どうぞ。これはグラディム家秘伝のシチューなんですよ」
エーレはベッドの上に御盆を乗せ、イルアが食べやすいようにしてあげた。
「ありがとう、エーレさん」
笑ってイルアはエーレに笑いかけ、御盆に載っているスプーンを手に取った。
エーレは何かに気づいたように、再びイルアに言った。
「エーレ、でいいですよ。さん付けはなんだか苦手です」
「うん、わかったよ、エーレ。私のこともイルアって呼んでね」
「そんな! せめてイルアちゃんで……いいですか?」
「全然いいよ。よろしくね、エーレ」
やっとイルアはスプーンで御盆の皿に入っているシチューをすくって口に入れる。
丁度良い温かいシチューの味が、口の中に広がる。とてもおいしい。
「おいしい……」
「本当ですか!?」
「うん、ホントホント!!」
イルアは黙々とシチューをスプーンで口まで運び食べ続けた。
最後に綺麗に食べ終わると、手を合わせてごちそうさまと言った。
「それじゃ、持って行きますね」
綺麗に食べた食器とスプーンを御盆の上に乗せて、エーレはそれを持っていき部屋から
出て行った。
「ラティー、来い。話がある」
「はいですの」
レンに呼ばれたラティーはすぐに隣の部屋から来た。
「イルア、これからどうする? この状況じゃ、隕石の破壊どころではないぞ。むしろ安
全な王都までが危険にさらされている……」
「イルアさん、あなたがリーダーですの」
そう言われたイルアは少し黙り込んだ。
しかし、もうすでにやることは決まっていたのだが……
「第三大陸に行く……行って、止めないと」
真剣な眼差しをレンとラティーに向けて、そういった。
「そうだな。俺たちで何とかしたいからな」
「それじゃ、頑張っていこうですの!」
「移動は? 陸路? 海路?」
レン、ラティーに続いて部屋のドアから誰かの声が聞こえた。
ドアはすぐに開いて、その声の正体はサイグだと、すぐにわかった。
「ってことで、オレもついていくから」
サイグは笑って言ってみたが、レンに睨み返された。
「何故行きたいと思った?」
「乗りかかった船だし、たまにゃ街から出たいしな」
「と、言っているが……どうする、イルア」
突然ついていきたいと言われても、正直困る。しかし人手が多い方が、戦うとき有利なの
は変わりない。
「いい、と思うけど……」
と少々突っかかった感じにイルアは答えた。
「ってことで、エーレ。何ヶ月か家を空け――ぐふぉ!?」
「兄さんのバカぁ!!」
なんと話をしっかり聞いていたらしく、何を思ったかは知らないけれどサイグにストレー
トパンチを背中に食らわせた。
「う、うぅっ……い、いてぇっ」
床に倒れたサイグは背中を摩りながら呻いていた。
なんだか見ている方はとてもだらしない兄に見えてしょうがない。
「行くならすぐ行くけど……サイグさん、エーレちゃんの事どうするの?」
まだ床に倒れたまま、サイグは呻いていた。しばらくの間、返答は返ってきそうもないの
でとりあえずイルアはベッドから出ていつでも旅立てる準備をしていた。


一方、家を飛び出したエーレは民家街出口付近にいた。
走ったため、膝に手を当てて腰を丸め息を付いていた。
「なんで、こんなことしちゃったんだろ」
家を飛び出した自分が馬鹿馬鹿しくなったのか、エーレはぼそっとそんなひとり言を呟い
た。しかし、自分勝手な兄にイライラしているのは毎度のことだ。
「兄さんは自分勝手すぎだよ……ん? そっか、私も――」
何かを思いついたのか、先ほどまでの曇った表情が晴れ、そのまま家には戻らないで民家
街を後にした。


「う〜ん、まだ背中が痛む……」
やっと立ち上がったサイグは背中を摩りながら、引きつった顔をしていた。
「まあ、エーレならわかってくれると思うから……少し心残りだけど、さっさと行こう」
「放っておいてもいいのか?」
心配そうにレンはサイグに聞いたが、返事は返ってこなかった。
本当は、少しだけ心残りなところもあるが、もう一回顔を合わせたら二度とイルア達と一
緒に旅立てなさそうで怖かったからだ。
「さて、オレはいつでも準備出来てるよ」
そう言い、サイグは連結型双剣を分離させた状態で左右の腰についている鞘に二つ入た。
「サイグがそう言うなら、私は何も言わないよ……さ、いこっか。それで、どうやって第
三大陸にいくの?」
そんなイルアの疑問にレンはため息をついた。
「王都から南の方角にある南港町ルージェルから船を使えばいける」
「そっか……それじゃ、ルージェルを目指そう」
そしてイルア達はサイグの家から出た。

イルア達が民家街を出ようとしたとき、何処からか声が聞こえた。
「兄さーん!」
「げっ」
明らかにサイグに向けられた声。そして振り向いてみると、エーレが走ってきていた。
しかも、先ほどとは全く違う格好になっている。
「っ、はぁ……お、追いついた……」
「ど、どうしたんだ? エーレ。そんな格好しちゃって」
息切れをしているエーレをサイグは見てみた。先ほどの一般的な服ではなく、動きやすく
温かそうな、旅をする人が着そうな服だった。それに片手には杖を持っている。
「何してんだ? もしかして、コスプレ?」
冗談交じりにサイグはそんな格好をしているエーレにそう言った。
「ち、違いますっ!! 大急ぎで旅の準備をして来たんです!!」
「は?」
呼吸をやっと整えたエーレはむすっとした表情でサイグを睨んだ。
「私がいないと何も出来ない兄さんが、イルアちゃん達と旅をしたら迷惑をかけるに決ま
っています! なので、私も付いていきます」
「無茶苦茶だろ、その理由!!」
「ダメなんですか?」
「ダメに決まってんだろ!!」
「イルアちゃん、ダメかな?」
少し泣きそうな目をして、エーレはイルアに言った。というか、頼んだ。
ダメ、とも言えないのでイルアは少し困った顔をしていた。
「あー……まあ、いいんじゃないかな?」
「ホント!? ありがとう、イルアちゃん!!」
エーレは嬉しさのあまり、イルアに抱きついた。
後ろの方ではサイグはため息をついて、ラティーは笑っていた。
「また一人仲間が増えたですの♪」
それを少し離れたところから見ていたレンは、腕を組んで小声で微笑みながら呟いた。
「いい兄弟愛だな……賑やかになりそうだな」
『そうですね』
その呟きに、マイはしっかりと答えてあげた。


続く……

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