第U]V話 『凍てつく刹那の戦士』


イルアは一人公園から出て街中を一人歩いていた。
レンとラティーを探すためでもあるが、今は少しでも気を紛らわしたかった。
そうでもしないと、また、涙が溢れ出して来るからだ。
空から降ってくる雪が、イルアの髪に少しずつ積もってくる。
(今思い返すと、私が最後ちゃんとゲイザと話したとき……鉱石を取られて力を失って、
眠りについたときも確か雪が降っていたっけ――)
あれ以降、季節は秋から冬に変わり、辺りは雪で埋もれるような日々が続いた。
そして大地は凍え、本格的な冬となっていた。
ゲイザのことを思い出してしまったイルアは、再び瞳から涙を流してしまった。
「イルアー!!」
後ろから誰かが呼ぶ声が聞こえ、すぐに腕で目尻を拭き涙を払うと振り返った。
そこにはレンとラティーがいた。どこか心配そうな顔をしている。
「イルア、そっちの敵は全滅させたか?」
「あ……うん、大丈夫。ちゃんと倒したから」
俯きながらも笑って誤魔化しつつイルアはそう言った。
しかし、レンにはもうすでにわかっていた。
「お前は大丈夫じゃ、ないっぽいな」
「わ、私? 大丈夫だってば!! あはははは」
笑って見せたがそれはどうにもワザとっぽい笑いにしか聞こえなくなっていた。
自分でも余程無理をしているんだと思えるほどに。
レンは横目でイルアを見るとため息をついた。
「じゃあ何で目が腫れて赤くなっている?」
「そ、それは――」
するとレンの横にいるラティーはいつもより少し小さめの声で話した。
「イルアさん……辛い、ですよね。私も辛いですの……でも、ちょっとだけ希望が掴めた
気がしません?」
「希望? 何で? ゲイザは敵だったっていうのに?」
その言葉にレンは妙な反応をしたが、すぐにそっぽを向いてしまった。
とはいっても、イルアはラティーを見ていたので気づいていなかったが。
「ゲイザさんは、多分忘れているからあんなことをしているんだと思いますですの。だか
ら、間違っているって気づかせることが出来れば、きっと元のゲイザさんに戻ってくれる
ですの――それはイルアさんの仕事です」
にっこりと笑ってラティーはイルアにそう言った。
イルアも少し間をおいてからラティーに笑い返した。どこか先ほどとは違う、何かが吹っ
切れた笑顔だった。
「そうだね、ラティー……私がこんなんじゃ、ゲイザは助けられないよね……今度私の目
の前に現れたら、頑張って説得してみる」
「はいです!」
タイミングを見計らってレンが会話を割って入ってきた。
「さて、そろそろ凍結洞窟へ向かわなければ時間がなくなるぞ」
「そうだね……氷の精霊と契約しに行こう」
イルアとラティーは街の出口に向かったが、レンはその場に立ち止まり辺りに人がいない
とわかったことを確認するとポケットから黒い宝石を取り出した。
「マイ、聞いていたか?」
『はい。やはりあれはゲイザさんでしたか……レンさんの予想通り、敵に利用されていま
したね』
「ああ、やつらは闇の心を操るのが得意だからな……アラグダズガは何を考えているんだ?」
『そればかりは真実を突き止めないとわかりませんね。とりあえず、早くイルアさん達の
元へ急いだ方がよろしいかと思いますけど』
「ああ、わかっている」
ポケットに黒い宝石を戻すと、雪の中、イルア達が向かった方向へと歩き出した。


凍結洞窟。
洞窟の中は氷で覆われており、上からも下からも氷柱が立っている、そんな洞窟だった。
とても普通の格好をしていたら凍え死にそうな寒さ、もしかしたら外の気温よりも低いか
もしれない。これも精霊の影響だろうか。
「さーむーいーでーすーのーぉ〜……」
寒がりのラティーは当然、イルアまで両腕を抱えて凍えていた。
レン一人だけ、なんでもないような顔をしていた。
「寝るなよ、いいな」
「な、なんで?」
「一生起きれなくなるからな……さあ、行くぞ」
そしてイルア達は前の精霊と契約するときのように再び長い道のりを歩き出した。
さすがにこの長い道のりを歩くことには慣れてしまったせいか、文句は言わなくなった。
ただ、寒いことだけには文句を言っていた。
「どうした? やはり寒いか?」
やはり寒がっているイルアとラティーにレンは問いかけた。
「そ、そりゃ……寒いよ。レンは寒くないの?」
「寒いな」
「何でそんなに平気そうなの?」
「寒さにはなれているからだ――さ、そろそろ精霊のお出ましだぞ」
洞窟を歩いているとついに目の前には大きい広場が見えた。
やはり中央には祭壇がある。
『イルアお姉ちゃん、ちょっとちょっとー』
小刀から久しぶりに声が聞こえる。今回は風の精霊シルフィーラのようだ。
『ボクがセルグラムお姉ちゃんを呼んであげるね。セルグラム姉ちゃんはちょっとクール
で話しづらいからね〜、あはは』
「そ、そうなの……」
そんなことを話しているうちに広場の祭壇に光が集まり、そこには綺麗な顔立ちでつり目
な槍を持った女の人が立っていた。
「シルフィーラ……? お前らか、私を呼んだのは」
冷徹とも言える声で彼女はそう言った。
『姉ちゃんを呼んだのはボクだよ!』
小刀から聞こえる声に気づいたセルグラムは目を閉じてただ頷いた。
そして槍を構える。
「契約したい、というわけか……それに、もうすでに水、地、風の精霊と契約しているよ
うだな。実力はそこそこというわけか」
「戦えば、実力もわかるわ」
イルアも鞘から曲刀を抜くと構えセルグラムを睨みつけた。
そして後ろにいるレンも剣の柄に手をかけた時、イルアが振り返って首を横に振った。
「精霊を集めるのは、私の役目だから……レンは見守ってて。お願い」
「ああ、わかった。頑張れよ」
リュアとキシュガルの二人よりもレンの方がはるかに強い。それをわかっていたからイル
アはレンに戦わないでと言った。何よりも、そんなことより自分で戦わなければいけない
と、そんな気がしたからだ。
「私は本気であなたと戦いたい……精霊の力を使うのは止めていただこうか」
セルグラムは条件を出してきた。それは精霊を召還することも、力を借りて魔法を使うこ
ともしないで、ただ武器だけで戦えという条件だった。
イルアはそれを受け入れたためか、一回頷いてそのまま曲刀を構え直した。
「いい心構えだな……私はシルフィーラやウィルティーのように甘くは無いぞ」
「あなたがそう望むのなら、その条件であなたを打ち倒して契約させてもらうまでです」
「そうか――ならば、行くぞ!!」
軽装な装備をしているセルグラムは槍を構えて地面が凍りついているのを利用して滑り、
イルアの元へと向かった。それはとても凄まじい速さだ。
「はぁぁぁっ!!」
槍の一突きがイルアに向けられる。しかしイルアは横に飛んでそれを回避する。
「甘いっ!」
「きゃっ!?」
避けられたことに気づいたセルグラムはすぐに槍を横に振り攻撃をくらわそうとした。
条件反射でイルアはすぐに曲刀を下に構えその槍を奇跡的に止めれた。
「やるな……くらえ、氷の一突き!!」
槍が凍りに覆われて、槍の刃の部分には真っ直ぐな氷柱が出来ている。
そんなものを心臓に一刺しされてしまえば死んでしまうに決まっている。
「アイシクルロアー!!」
再び氷の上を滑り出し、イルアに向けて氷を纏った槍で思いっきり突き刺した。
それを間一髪のところで避けて槍に斬撃をくらわせると氷は砕け散った。
「くっ、これでは精霊の力を使えないイルアが不利になってしまう……」
「でもでも、それが条件ですの……」
見ているレンとラティーもはらはらしてしまう戦いだった。
まるでイルアには攻撃をさせる隙も見せないような速さで攻撃を繰り出しているセルグラ
ム。そしてそれをギリギリのところで避け続けているイルア。これを見ていると、最終的
にはどうなるか目に見えていた。
「イルアの体力がなくなったら、セルグラムの槍で貫かれるだろう」
「そ、そんなっ! 精霊さんは体力なんてものがないから、それじゃあ時間の問題ですの!」
「そうだ、時間の問題なんだ……あとはイルアがどうやって攻撃を仕掛けるかが鍵になる
だろう」
セルグラムの攻撃を避け続け、今だ攻撃の隙を見せないためにイルアは体力が段々少なく
なっていた。
再び槍の一突きが来る。
「やるな……これならっ!!」
やはり空を貫き、イルアはすぐ横に避けていた。
そして横に行ったのに気づいたセルグラムは槍をそのまま横に振る。
その時だ――
「ホーリースラッシュ!!」
それは一瞬の出来事だった。
光を纏った曲刀を横から襲い掛かる槍に直撃する。
なぜか曲刀は凄まじい斬撃を繰り出し、セルグラムの槍は折れてしまったのだ。
「なっ、何!?」
折れた槍の先はそのまま地面に突き刺さり、そしてセルグラムは攻撃を止めた。
「私の槍を折るとは、なんなんだ? その光の力、シャウナのものと見たが、違うのか?」
セルグラムはそう呟くと再び小刀が光りだして、次が水の精霊ウィルティーは喋りだした。
『セルグラム。あの光の力は、シャウナの子の力です。精霊ではありません』
「そうか……ならば精霊の力は使っていないことになるな。よくやった……契約を認める」
なんだか内容の掴めない話にイルアやラティーはわからないといったふうに首を傾げてそ
の様子を見ていた。
「どうした? その小刀を刺し、私と契約をしろ……大体事情はわかっているからな」
冷徹な雰囲気の中、セルグラムは少しだけふと微笑んだ。
それはなぜか嫌味などの笑いではなくて優しい笑いに見えた。
「契約させてもらいます、氷の精霊セルグラム」
イルアは小刀を腰の鞘から抜き取ると、そのままセルグラムの胸へと突き刺した。
するとセルグラムは光を発し、そのまま光と共に消えてしまった。
「なんとか勝てたな、イルア」
「心配したですの〜……」
戦いを見守っていてくれたレンとラティーは契約が終わると同時に駆け寄って来た。
なんだか、無事契約を完了したことに安心感を持った。
「さて、これからどうしようか……ルアグ博士のところにまた戻るなんてことも出来ない
し、戦争のことも気になるし」
「一旦、スェルダンルへ行ってみて戦争についての情報を聞いてみないか? あの街なら
人も沢山いる。少なからず情報は絶対に集まるだろう」
「そうと決まれば、早くこんな寒いところから抜け出そうですの〜」
イルア達は来た道を戻り、洞窟の外へ出ると東に向かい関所を通りそのまま第二大陸クォ
ルピア、王都スェルダンルを目指した……


続く……

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