第U]U話 『仮面』


イルア達は再びレスコォールから南に向かい第一大陸の港町デュラズから第二大陸の
北港町ダッシャルへと向かう船に乗っていた。
三度目の船。いい加減に船から見える景色も飽きてきたかもしれない。
それでもイルアは一人で甲板に出て潮風に髪をなびかせながら柵に寄りかかり空と海を
眺めていた。
イルアにとってはなんだかこうしていると落ち着く感じがする。
そんな心地よい風を満喫しているとき、後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ってみると、そこにはラティーがにっこりとした笑顔をして飛んでいた。
「イールアさーん♪」
「あ、ラティー……どうしたの? もしかして、ラティーも景色を見に来たの?」
しかしラティーは何も言わないでイルアの肩に乗った。
潮風に飛ばされないようにしっかりとイルアの肩と頬に掴る。
「ちょっと、話したいことがあって来たですの」
とても真剣そうな声でラティーは言った。
「話……? どうしたの?」
「えっと――イルアさんは、ゲイザさんのことどう思ってるのかなー、なんて」
いきなり変な話をされたのでイルアは少し戸惑った様子を見せて頭を掻いた。乾いた笑い
で少しの間ラティーの顔を見ないで誤魔化していたが、ふぅ、とため息をついた。
「好きだよ」
そう一言、イルアは海の底を見つめたままラティーに言った。
「好きだけど、よくわからない」
「どういうことですの?」
「……本当に、私はゲイザのことが好き。だけど、ゲイザはどう思っているかわからな
いし、そもそも一緒にいる時間が短いから、本物の好きかはわからない」
それを聞いたラティーは俯いて、そっと呟いた。
「それは、矛盾してるですの」
「うん、わかってるよ」
ラティーはイルアの肩から飛び、イルアの目の前に飛んだ。
「イルアさん、自分の心に素直になるですの! 嘘を付いちゃいけないですの。好きなら
好きって、はっきりいうですの」
そう言うとラティーは微笑んで見せた。その微笑を見たラティーは何故か嘘をついていた
自分が馬鹿に思えてくる気がしてきた。
「うんっ……そだね。私は、ゲイザが好き――ありがとう、ラティー」
「わかればいいですの。イルアさんは今、ゲイザさんのために頑張っているんですから、
そんなのわかりきっていることですけどね。それはゲイザさんを探す旅を最初から一緒に
お供しているんですから」
笑ってラティーはそう言い放つとその場から逃げるように飛び去っていった。
なぜかはわからないけれど、どこか悲しい顔をしていたようにイルアは見えた。
再び海を見てみると、すぐ近くにはもう北港町ダッシャルが見えていた。
「おい、イルア!」
突然レンが勢いよく走って甲板に出て来た。
「ダッシャルの方を見ろ!! 上空にガーゴイルの群れが――」
空を見上げると、黒い物体が数十個飛んでいるのがわかる。よく目を凝らして見てみると
それは魔物だということがわかった。
「イルア、戦い準備をしていろ、いいな!?」
「う、うん、わかった!」
レンはそういうとすぐにその場を立ち去った。


船はダッシャル港につくとそのまま港から出てすぐにデュラズに向かった。
ダッシャルについたイルア達はすぐに街をガーゴイルの群れから守るために二手に分かれ
ることにした。イルアはラティーと共に街の中心である公園へと向かった。
そこには三匹ぐらいのガーゴイルがいた。上空にいたガーゴイルは他のところに向かった
のだろうか。イルアは腰に下げてある鞘から曲刀を引き抜くと宙に浮いているガーゴイル
へと攻撃を仕掛けた。
「イルアさん、思ったより弱そうなのでパッパと片付けるですの!」
「うん、わかった!」
イルアが剣を縦に振りガーゴイルを一撃で切り裂くとそのまま消滅してしまった。
どうやらラティーの言うとおり弱い魔物だったらしい。
その調子ですぐに残りの二匹を倒し終えると、曲刀を鞘に締まった。
「そいつは村襲撃用の魔物だ。攻撃できない人々を襲い、肉を食らう魔物、ガーゴイル。
弱くて当たり前だ……」
突然背後から邪悪な気配を感じ声がしたので振り返ってみるとそこには王都スェルダンル
の闘技場でいきなり乱入をしてきた仮面剣士と横にラティーと同じ妖精のようなホムンク
ルスがいた。
「まさか貴様がここにいるとはな……計算外だった」
「あなたがこの街を襲ったの?」
「ああ、そうだ……これも任務なんでな」
「任務……? 魔物を引き連れて街を襲う任務?」
「そうだな、見ての通りだ。我々は第二大陸だけではなく全ての大陸を占領しようと思っ
ている。これくらいは当たり前だ」
イルアと仮面剣士のやりとりのなか、ラティーに似ている薄紫色の髪をした妖精タイプの
ホムンクルスが仮面剣士の肩を叩いた。
「あの〜、グライアさん。あんまりペラペラ喋らないほうがいいと思いますです〜」
「わかった、ルミィー……」
「あなた、グライアっていうの?」
先ほど、ルミィーと呼ばれた妖精が仮面剣士のことをそう呼んでいた。
それとなく気になったので、イルアは聞いてみることにした。
「普通は自分から名乗るものだろう?」
「私はイルア。イルア=ディアーグよ」
イルアの名を聞いた途端、グライアは両腕を横に伸ばすと何処からともなく二本の剣が
現れた。やはり、再びよく白い方の剣を見てみるとゲイザが使っていた聖剣ラスガルティ
ーにそっくりだった。とても偽物だとは思えないほど、形が記憶と一致する。
「イルア=ディアーグ……お前は我々の任務遂行の妨げになる。ここで大人しく消えても
らおうか……」
いきなり二本の剣を持ち構えて戦いを挑んできた。イルアも再び鞘から曲刀を抜くと
構えた。
「イルアさん、頑張ってですの!」
「うん……!! 負けられないっ!」
と、そのとき――
(『仮面を、狙うの』)
何処からでもなく、イルアの心の直接誰かが語りかけてきた。
聞き覚えのある……そう、夢で見た少女、ミリアの声だ。
「はぁぁぁっ!! 残影剣!!」
素早い動きでグライアは残像を作りイルアに攻撃を仕掛けた。
剣がイルアの髪を掠めただけで、致命傷的な怪我はしないで済んだ――しかし、先ほどの
攻撃をまともに食らってしまうと一撃で死んでしまう恐れもある。
「仮面を、仮面を狙う……そうよ、魔法!」
小刀を腰の小さい鞘から取り出し、そして呪文を唱え始める。
「無邪気な風達よ、我が契約者の元に、敵を射抜け!! ――ウインドアロー!!」
イルアの周りに魔方陣が現れると頭上に風の矢が現れ、それはグライアを目掛けて凄まじ
い速さで飛ばされる。
「何、魔法だと!?」
風の矢は五本現れ、グライアはそのうちの三本、剣で振り落としたが二本は狙い通り必中
してくれた。しかも、仮面に――
「やった!!」
「ぐっ!? ……くそっ、仮面が」
仮面がひび割れ、そして顔から血が出ていた。仮面はそのまま割れてしまった。
その素顔に、イルアとラティーは驚いて声を失っていた。
「大丈夫ですか〜? 今回復しますね……癒しよ、我が問い掛けに答え、切なる人を助け
たまえ――キュアー!」
小さい妖精タイプのホムンクルス、ルミィーが呪文を唱え魔法を使った。
それはそれでとても信じられない光景に見える。
見る見るうちにその顔から出ている血が止まり、そして傷口も塞がった。
「貴様っ……よくもやってくれたな!!」
怒りをあらわにしているグライア。そして、今にも泣きそうなイルア。ついには戦意を失
って手から曲刀を落としてしまった。
「そ、そんなっ……ゲイザ? 嘘。嘘でしょ? ねえ、あなたはゲイザなの?」
目から溢れ出すものが、頬を伝って雪の積もっているコンクリートの地面に落ちた。
それと同時に、空からは雪が降り出していた。
「お前……――があっ!?」
グライアは急な頭痛に襲われ、いきなり頭を抑えてその場にしゃがみ込んだ。
「なんだ、この光は……うぅっ!! く、やめろっ!!」
「グ、グライアさんっ!?」
ルミィーはすぐにグライアの近くに飛び、顔を覗き込むように飛んだ。
声を聞けばとても苦しんでいるように思える。
(『言ったでしょ? わかっていたはずでしょ? 記憶がないって。そして、彼には光の
心がないって……多分、あなたの顔を見たせいで、自分の中に秘めていた光の心が覚醒し
ようとしているんだわ。だから苦しんでいるの』)
わかっていた。わかっていたけれど、いざとなるととても胸が苦しくなった。
涙が沢山、瞳から溢れだして来る。
「くぅっ……お前ぇぇっ……………!!」
「グライアさん、ここは一旦戻るんですー! 無理しちゃダメですー!!」
「あ、ああ……わかった」
グライアはふらつきながらも立ち上がるとルミィーと共に光に包まれて消えてしまった。
「あ、あのっ……イルアさん、私、レンさんを見てきますですの……」
ラティーもそう言うと、イルアを一人置いて何処かへ行ってしまった。
たった一人、公園で雪に降られながらイルアは一人しゃがみ込んで泣いていた。
胸にある光輝くペンダントを握り締めながら……
「わかってるよ……わかってたよっ! それでも、それでも私は……」
(『後、三回。チャンスはそれだけ……イルアちゃんはその限られた回数でゲイザを救わ
なきゃいけないの。じゃないと――』)
今のイルアにはとても辛すぎる一言を突きつけられた。
(『世界は滅亡して、ゲイザは消滅する』)
「……私に出来るの?」
(『それは、イルアちゃん次第。私は、助言しか出来ないけど、お願いね』)
その言葉を最後にペンダントの光は消え、ミリアの言葉も同時に消えた。
イルアは涙を拭い、レンとラティーを探すことにした……


続く……

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