第]V話 『寒い海の上で』


イルアとラティーは第二大陸クォルピアを目指すために南にある港町デュラズへ
再び来ていた。そこにある港から出る船で第二大陸へ向かおうとしていた。
「また来ましたですの」
ついこの間もこの港町デュラスには来た。しかも、今回と目的は同じ。
前回は結局振り出しであるルアグ博士の研究所へ戻り精霊との契約をしたわけだが。
「寒いね〜……雪でも降ってきそうな天気」
イルアはそういって空を見上げてみた。
空は昨日と違って晴れではなく、全く青い空が見えないくらい黒い雲に覆われていた。
そのせいか、昼間だけれど辺りは少しだけ暗い。
「イルアさん、さっさとチケット買おうですの!」
「そうね……寒いし」
二人はデュラズの南にあるデュラズ港へ向かった。
前来たときは、ディメガズとの決戦の日だった。
あれから何日経つのだろう、とイルアは考えたが、実際のところゲイザが助けてくれるまで眠っていて、
その眠っていた日数さえもわからないので無意味だった。
イルアはラティーを肩に乗せたまま、船のチケット売り場へ向かった。
「あの、クォルピアまでのチケット一人……いや、二人? とりあえず二枚ください」
肩に乗っている小さいホムンクルスは一人の内に入るのだろうか? なんて疑問が浮かんだ。
すると、小さい声で肩に乗っているラティーがイルアの耳に喋った。
「酷いですの〜……一応一人として数えてくれないと私も一緒に乗れないですのー」
少しふくれっ面になって怒り気味の声でそういった。
しかし、それは誰でも迷うであろう疑問だろうとイルアは心の中で呟いた。
「ご、ごめんね……だって、ね?」
「もーいいですのー、過ぎたことは気にしないですの」
何か、思ったより素っ気無いラティーの返事に少し気が抜けた。
船乗り場に近いチケット売り場に人はあまりいなかった。
「お客さん、ラッキーだね」
「え?」
「今回の船の出航でもう当分船はでないからねぇ。何せ、モンスターが大量発生だのって、
あっちの大陸は物騒だからさ」
チケット売りのおじさんはとても人事のように話している。しかし、内容は結構深刻な
問題だと思うのに、なぜかそう言われると自分からも人事のように聞こえてしまう。
「はいよ、二人分」
「ありがと、おじさん」
イルアはチケットを二枚貰うとそのまま出航寸前の船へと向かった。


イルアは船の甲板に出て冷たい潮風を受けながら海を眺めていた。
寒いけれど、どことなく気持ちいい風が顔を撫でる。
すると、ゆっくり風に押されながらラティーがこちらへ飛んできた。
「イルアさん、あんまりまったーりしないでくださいですのー」
「え、ダメ?」
「当たり前ですの!! もー……第一大陸と第二大陸は以外と近いからすぐにつくですの。
ざっと、三、四時間ぐらい――」
「じゃ、その三、四時間を有意義に使いましょう、ということで」
「だーかーらぁー……ふぅ、もおいいですの」
呆れたのか、諦めたのか。ラティーはそのままイルアの肩に乗り、一緒に海を眺めた。
「ディメガスと戦う前に見たけど、ゆっくり眺める暇なんてなかったね……改めて海を見ると、
こんなに広いんだなぁーって、思わない?」
「寒いですの〜……」
イルアの感想なんてそっちのけで体を温めるように両腕を抱くラティー。
「そ、そろそろ船の中に入ろっか」
「賛成ですの、大賛成ですの!!」
肩に乗っているラティーが大声でいったものだから、イルアの耳にその声が響いた。
このまま外にいるとラティーが寒がるので、さっさと中に入ることにした。

「暖かいーですの〜♪」
船に乗っている乗客は部屋が分け与えられる。
二人は分け与えられた部屋にいた。ここなら暖房も効いていて温かい。船自体は木で作られて
いるが、暖房で船が燃える、なんてことはない。この暖房も魔法の力を利用して動いているか
らだ。
「イルアさん、何してるですの?」
「ちょっと、博士に貰った資料を読んでたの」
ラティーはイルアの肩に乗り、一緒に資料を読んでみた。
隕石についてまとめられた資料だ。
直径約百二十メートル、落下地点、第二大陸クォルピア、王都スェルダンルから南西。
落下地点から直径一キロメートルの大きさのクレーターが出来ている。
「ほぇ〜、結構正確な資料ですのー……で、疑問なんですけど――」
「ん?」
ラティーは肩から飛び降り、イルアの目の前に行き言った。
「一日でよくもまあこんな正確な資料がどこから来るのかと……少し疑問になったですの」
「そこはつっこんでたら切がないと思うんだけど……」
苦笑してイルアはまだ悩んでいるラティーに言い聞かせたが、聞く耳を持たずずっと考えていた。
「ん……?」
何か……船が揺れている感じがする。それに部屋の外が騒がしい。
「なんかあったんですの?」
「ちょっといってみましょ」
イルアは少し急ぎ足で部屋の扉を開けて船の廊下に出た。
すると、空を飛んでいる魚が女性を襲っている。
「モンスター!? そんな!」
「イルアさん、戦わないとあの人死んじゃうですの!」
「う、うん!」
イルアは腰にある鞘から曲刀を抜くとすぐ構え、そのまま魚を目掛けて走った。
魚はこちらに気づき、攻撃も目標を女性からイルアに変え襲い掛かってきた。
「はぁっ!」
曲刀を一振り、魚へ攻撃すると真っ二つになり消えた。
前に比べて戦いを積んでいるためか、剣の振りもそんなに遅くなくなった。
「あ、ありがとうございます……でも、まだ外に大きな魔物が」
少しか弱い女性は外へ続く通路を指差してイルアにそう言った。
「わかりました! 気をつけてくださいね」
「それじゃあですのー!」
イルアは剣を構えたまま、甲板へと続く通路を走った。
ラティーも走るイルアの後ろを飛んでついて行った。

「で、でっかいですの!!」
「っ……でも、やるしか――」
甲板へ出てみると、大きなイカが船に取り付いていた。
幸い甲板の上に出ているけれど、その分重さで船は傾いていた。
「てぇぇぃっ!!」
イルアはそのイカへ向かい走り、曲刀で斬りつけた。
しかし、思ったより皮膚の表面は硬く、そしてヌメヌメして滑って斬撃は効かなかった。
「効かない……じゃあ、魔法ならっ!」
そういって、腰にある小刀を手にとって呪文を唱えた。
「風よ、敵を切り裂く剣となれ――ウインドブレード!」
風がイカを襲い、無数の切り傷を負わせた――ように見えたが、全く無傷だった
「魔法もダメなの!?」
「その程度か?」
黒いフードを羽織った、ツンツン頭の男がイルアの目の前に現れた。
そして剣を抜き、構えた。
「あなたは……レンさん!?」
「イルア、だったな……ぼさっとしてないでさっさと攻撃しろ」
「は、はい!!」
「お前は魔法で攻撃しろ。なるべく船に被害がでない魔法だ――いいな」
そういうと、レンは大きなイカに攻撃を仕掛けた。
「えっと、えっとー……風よ、敵を飲み込み吹き飛ばせ!!――ウインドストリームッ!」
大きなイカの下に、小さな風の竜巻が現れ、その竜巻は次第に大きくなりイカを全て飲み込むと
宙へ放り飛ばした。
「よし、チャンスだ!」
そう言うとレンは剣を構え、甲板の床を蹴り上げて宙に浮かぶ巨大イカの所まで飛んだ。
そして剣を縦にかざし、そのまま大きく振りかぶった。
「閃光斬っ!!」
光の斬撃が大きなイカを真っ二つに切り裂く。
そのまま二等分になった巨大イカは海の中へ落ち、レンは空中から華麗に船の甲板へと着地した。
「ざっとこんなもんだ」
剣を鞘にしまうと、フードを翻してイルアの方に向き直った。
「また会ったな」
「え、えぇ……奇遇ね」
前回戦いを仕掛けられたせいか、少しだけ目の前にいる男にイルアは警戒していた。
何か暗い雰囲気を漂わせているせいもあるが。
「隕石を壊しに行くのか?」
「何で知ってるの?」
「勘だ……そんなことだろうと思った」
「そういう貴方はどうなの?」
少し怒り気味にレンに聞いてみた。するとレンは鼻で笑い、イルアの横を通り過ぎた。
「むっ……」
「そうイライラするな。外は寒いだろ? 中に入って話をしよう……ほら、寒がっている
小さいのがいるぞ」
「ち、小さいって言うなですのー!!」
体をちぢ込ませながら空を飛んでいるラティーが、レンの声を聞いたのか、怒っていった。
しかし、凍えているその姿をみると説得力はない。
「そうね……私の部屋で話しましょ。ついてきて」
「いや、そうゆっくりしていられる時間はないようだ」
レンは甲板から見える風景を見渡しながら言った。
イルアは何のことかと思い甲板の先を見てみると第二大陸の港町がすでに見えていた。
モンスターとの戦闘をしていたせいか、少しだけ時間が短く感じたのか? と考えていたが
そんな戦闘が楽しいわけでもないのに、なぜ短く感じるという疑問をもち、イルアは首を振って
その考えを振り捨てた。
「お前達も降りるんだろう? 早く準備をしておいたほうがいいんじゃないのか」
「い、言われなくたってわかってるわよ、それくらい」
「そうか」
レンは一言素っ気無く返すとフードを翻して船の中へ戻っていった。
そしてイルアとラティーがこない自分が割り当てられた客室へと戻ると、ポケットから
黒い宝石を取り出した。
「マイ、あいつ等がいるときは無駄に話をするんじゃないぞ。聞かれていたら困る」
『レンさん、なんだかんだ言ってあの人達と行動を一緒にするんですか?』
「少し、利用できそうだからな」
少し照れたように頭を掻いて黒い宝石から目を逸らしてレンは言った。
しかし、それは本心じゃないということぐらい、マイにもわかっていた。
『――でも、あの人には聞こえないと思いますよ。ワタシの声は……ワタシの声が聞こえる
人は闇の心を強く持っている人間ですから。あの人は多分、光の心の力の方が強いでしょうから』
「そうか……わかった。ところで――」
少し気まずそうな雰囲気が漂う。マイが出しているわけではない。レンが勝手に出しているだけだ。
何かいいづらい事を言おうとしているんだろう。
『なんですか?』
「あ、いや……ミリア=ビリアムズ」
その一言だけで、マイはレンの言いたいことがわかった。
『会話はしないつもりです。というか、ミリアさんの方はワタシの様に長時間話すことは不可能
ですから、会話が出来てもする機会がなさそうです』
「残念、か?」
『少し、話がしたいとは思いますけど……でも、いいんです』
マイはミリアのことには少し心残りがあった。話したことはあるけれど、ちゃんと話したことは
指で数えれるほど。もっと話がしたかったという気持ちはあった。
そのためか、少しレンへの返答の言葉が寂しそうに感じた。
「そうか。変なことを聞いてすまないな」
『なんで謝るんですか?』
「いや……………そう言われても、こっちが困るし」
『……おかしいですね』
今、微かにマイが笑った。
ちゃんと聞こえなかったけれど、笑った気がする。
闇の存在であるマイでも、笑えるということが意外で吃驚した。
「とりあえず、そろそろ船を下りるか」
レンはそういうと、船を下りるため客室を出て行った。


続く……

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