第弐話「不思議な気持ちと不思議な出会い」


 俺の、とあるなんでもないとある日のこと。
 ごく普通の学校生活、一日の最後。
 俺は何故か教室の窓から写る夕焼けに見とれて、ただ一人、窓か
らその燃えるように真っ赤な空を眺めていた。
 ――そのときだ。ありもしないことが起こった。
「日が落ちるのも、早くなってきたね」
 俺が振り返ると、そこには――カチューシャをした背丈の低い少
女が俺を見て、教室の入り口に立って微笑んでいた。
 ……何なんだ、この人。俺に話しかけてきて。
「ねえ、君は何をしてるの?」
 一歩ずつ、ゆっくりと教室の中に入って俺の方へとやってくる。
 俺は戸惑った。どうすればいいのかわかるわけがない。
 そもそも、この子がどう思って俺の方へ歩いてきているのかも、
何故ここにいるのかもわからない。
「少し一緒に、夕焼け見ていいかな?」
「え……」
 思わず声が漏れてしまった。
 予想外の言葉だったから、というのか……よくわからん。
 カチューシャをつけた少女は、いつの間にか俺のすぐ傍まで来て
いた。ってか、近くで見るとかなり可愛い……
「ダメ、かな?」
「ん、ぁ、いや……構わないけど」
 視線と視線が合っていることも忘れて、俺は目の前にいる子に見
とれていたのにも関わらず、声をかけられたことに吃驚して少しだ
け焦ったけれど、俺がそう答えるとその子は俺に微笑んだ。
「ホント?ありがと!」
 何故この教室で、それに俺と一緒に夕焼け空を見たいだなんて言
い出したのかはわからない。だけど、俺は久しぶりに他人に声を掛
けられて悪い気はしなかった。
「えっと、わたしの名前は紫水 このえ。三年C組だよ」
「さ、三年?」
「あ、今……三年生には見えない!とか思ったんでしょ」
「い、いや……そんなことはないけど」
 本当は、思っていた。
 身長が身長だからな……きっと155cm以下だ。
「そう?ならいいや……君の名前は?」
 人に名前を聞かれるのなんて、久しぶりだな。
 とりあえず、俺は軽く自己紹介をすることにした。
「俺は迅乃 洸。わかるかもしれないけど、この教室のクラスだ」
「洸くん、だね♪」
 窓越しの夕焼けに照らされた頬が眩しいくらい、紫水 このえは
微笑んで俺を見た。
「洸くん、笑った?」
「え?」
 俺が笑った?――まさか、冗談言うなよ。
「今、ちょっとだけピクッ、って口元が上がったよ」
「気のせいじゃないか?きっと幻影だ」
「わたし目いいもんっ!バカにしたなっ!」
 自分が笑ったことを認めたくないがために、騒ぐ紫水 このえを
放置し、気になることを問いかけた。
「はいはい、わかったわかった……それで、アンタはなんでこの教
室に来たんだ?」
 なんだか俺の言葉に少し気が触ったのか、今度は不満そうな顔に
なり俺の顔を覗き込むように見た。
「アンタじゃなくて、紫水 このえだよ。洸くんは特別に、わたし
を呼び捨てにしなければいけない権を差し上げます♪」
「先輩なのに呼び捨てでいいのか……しかも半強制的だし」
 まったく、喜怒哀楽が激しくそれに見ず知らずの俺に気軽に話し
かけるなんて……何を考えているのか。
 俺は気を取り返して、このえに話しかけた。もちろん、顔は直視
できないので窓の外にある夕日を見ながら。元々俺は人の顔を見て
話すと言うことが苦手で、よく親とかに怒られるが恥ずかしい、そ
んな気持ちがあったりして素直に人の顔は見れない。
「このえは何でこの教室に来たりしたんだ? 三年の教室は学校の
二階なのにわざわざ一番高い四階に――」
「それはね」
 少しだけ間が空いた。このえはどうやら外にある夕焼けを見てい
るようだ。声が、さっきより少しだけ小さく、そしてそれは俺の耳
へしっかり届いた。
「きっと、わたしがあなたと会いたかったからだよ」
 その言葉が、何の意味を持ち――そして、このえ自身がどう思っ
て言ったかは俺はわからない。その言葉を何も言わずに俺はそのま
ま受け取った。
「ふぅ……さて、そろそろ帰るかな。もうちょっとで五時になりそ
うだしな」
 俺は教室の時計を見ると、自分の机に置いておいた鞄を取りに歩
いた。後ろから、このえがしっかり付いてくる足音が聞こえる。
「ね、洸くん」
 後ろにいるこのえに声を掛けられて俺は鞄を片手に振り返った。
「一緒に、帰ろ?」
 俺はまた、少し小さなため息をついて、苦笑した。
「帰る道が一緒ならな」
「えー、何それっ。普通女の子を家まで送り届けるのが普通でしょ
ー! あ、もしかして洸くん、女の子と一緒に帰ったことない?」
 図星を突かれ、俺はつい、声を大きくしてしまった。
「う、うるさいなっ! いいから帰るぞ、日が落ちる」
「うんっ♪」
 なんだか俺の言葉が嬉しかったらしくて、このえも自分の鞄を両
手にもって小走りで俺の隣へと寄り添ってきた。
 俺は少し離れるように言ってやろうかと思ったが……何だか、言
う気力もなく、というか――言いたくなかったのか。よくわからな
いけれど恥ずかしい気持ちを抑えて、俺はそのまま学校を後にした。



 今日初めて会った紫水 このえを家に送り届けてから俺は自宅に
帰った。
 帰ってからも、またいつもと変わらなく晩飯を食べ、自分
の部屋で暇をする。することもないから、ベッドの上で寝転がり、
考え事をしていた。
 ――何だろう、紫水 このえ。そして、今日転向してきた今杉 
柚璃。なんだか、俺は自然と意識していた。好意、とも言えない不
思議な感情。
 気分が落ち着かない。行くか。
「散歩、するか……」

 俺は気持ちが落ち着かないときはいつも散歩する。多少人気はあ
るだろうが、まあ外の空気を吸い、さらに星を眺めることによって
俺はリラックス出来る。秋ぐらいになると、さらに星が空に沢山出
ていていい眺めになっている。
 家から徒歩数分にある公園を目指して歩き始めた。辺りは暗く、
外灯の光がすごくまぶしく感じる。
 ――紫水 このえを意識するなら俺にもわかる。だけど、不思議
と俺は今日初めて見て、そしてまだ一回も話したことのない今杉 
柚璃。なぜ気になるのだろうか。わからない……わからないけど、
何か不思議な感じがする。わからない――
「ふぅ……ジュースでも、飲むかな」
 公園に入り、噴水のベンチ付近にある自動販売機の前に立った。
 財布から小銭を百二十円ほど取り、自販機に入れる。
「何飲むかな……」
 ――ここは無難に、冷たい炭酸飲料にしておくか。
 俺はジュースを自販機から取り出し、一番近いベンチに腰掛ける。
 目の前には大きな噴水。そして上には星――って、ん? 何だあ
れは……
 うん、明らかに変なものが空を飛んでいる。翼は付いている。け
ど明らかに鳥ではない。何か、また別な生き物。ああいうのって、
よくゲームとか小説で出そうな怪物っていうか、化け物っていうか
――って、ぇ?
「キィッーッ!」
 何でこんな化け物がこの世にいるんだっ!?しかもこっちに来る
し、わけがわからん!!
 取りあえず俺は、ジュースの入った缶をそのこっちへ向かってく
る化け物に投げた。
「くそっ!!当たれっ!」
 見事命中。
 羽の付いた目玉の化け物は怯んだだけで、俺の方へとまた向かっ
てきた。
「ちっ、何なんだ!一体っ!」
 幻影か、それとも空想か。まさかな、やつの鳴き声も動きも、し
っかりと俺の目や耳が感じている。
「キキィーッッ!!」
 さっきの攻撃でさらに憤怒した化け物が物凄い速さでこちらへく
る。
「うぁっ!!」
 俺はつい、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「キキィーッッ!!」
「……!!」
 何も感じない。痛みも。変な違和感を前から感じる。
 ドサッ、と前で何かが落ちる音がした。俺は恐る恐る、目を開け
て見ると……
 ――そこには黄金色の髪をした少女が、俺の目の前に立っていた。


続く