第壱話「変わりのない日々」


 ――朝。
 なんだか少し、冷える季節。
 吐いた息がなんだか少しだけ白くなっている。相当寒いのだろう
な……だけど俺はまだ、ジャケットやコートを着ないで登校してい
る。理由は特になく、ただ単にめんどくさい、っていうのが一番の
理由なのだが。
 俺の名前は迅乃 洸(ジンノ コウ)。羽崎町の羽崎高校1年生。
今は十一月だから――入学してからもう七ヵ月ってところか。
 しかし、高校生活が楽しいかどうか、なんて聞かれたらそうでも
なく、いい友達との出会いもなければ可愛い子との出会いもない。
というか、あったとしてもこっちから願い下げだ。俺は人付き合い
があんまり好きではない人間。だから入学してから全く友達も出来
ず、高校生なのに彼女もいない。
 辺りを見わたすと周りには同じ学校の制服を着た少年少女。
 にぎやかに話をしながら歩いている人もいれば、黙ってただ歩い
ている人もいる。まあ、そこは人それぞれだ。
 地味に寒さが堪える……俺は暖かい学校に向かうべく、普通より
も少しだけ早歩きで学校へと向かった。



 俺はいつものように学校に着く。
 下駄箱から上靴に履き替えて、何事もないかのように教室へと向
かう俺。俺のクラスは一年B組。四階にある教室だ。四階なので俺
は階段を上る。朝にこれは、結構辛いものがあると思うぞ、校長。
出来ればエレベーターなんて、機械的なものをつけて欲しいがうち
の学校にそんな余裕もないだろうな。
 そんなことを考えつつ、あっという間に階段を上り俺は教室へと
入っていった。


 あんまり大きな音を立てず、それでいてゆっくりでもない程度に
教室の戸を開ける。そしてすぐさま締める。
 何せ、冬の時期になると教室の戸を閉めなければ寒いとうるさい
女子がいるもんで、こうでもしないと嫌でも話をしてしまう羽目に
なる。厄介ごとはごめんだ……
 俺のいる一年B組の朝ははそんなにうるさくもなく、そして静か
でもない。何というか、まあ普通だ。友達とお喋りしている女子や
男子。イチャイチャしているカップル。俺にとっては程遠い光景に
しかすぎないものには変わりない。
「あ、迅乃くん。おはようー」
 俺が自分の席に座ろうとした瞬間、後ろから声がした。振り返っ
てみるとニコニコと笑いながら自分の席に座っている女子があいさ
つをしてきた。
 彼女の名前は狐柳 沙奈(コヤナギ サナ)。そうだな……こい
つを簡単にあらわせば、猫のようなやつかな。いつも笑っていて俗
にいう『電波』を発しているような感じだ。何回席替えしても、い
つも狐柳が俺の周囲八席には必ずいるという、まぐれなのか、はた
また呪いなのか……あと変わったところと言えば髪が黄色というか
黄金色のように輝いていることだろうか。普通ではないことは確か
だとは思うけれども……
 まあ、とりあえず挨拶を返そう。
「おはよう」
「ふみゅ」
 相変わらず、わけのわからない子だ。
 俺は席に座ると、ふと疑問に思ったことを後ろにいる朝からニコ
ニコ笑っているお気楽そうなやつに聞いてみた。
「なあ、狐柳」
「……?」
 振り向きざまに聞いてみると、いきなりの俺からの問いかけに戸
惑っている様子だ。
「何だ、まあ……何故、俺に挨拶をする」
「え?何故って?」
「俺に話しかける理由なんて、ないだろ?」
 そんな俺の理屈を覆すような、そんな笑顔と言葉が返ってきた。
「迅乃くん……じゃあ、話しかけちゃいけない理由なんて、どこに
もないんじゃないのかな?」
 俺が答えた理由をそのまま返された感じで、少しだけ悔しかった。
 だけど、それと同時に俺は何故か……少しだけ、嬉しかった。
「迅乃くん、私のこと呼び捨てでいいよ」
 今更か、と突っ込みたかったが……確か、入学してから話しかけ
られていたんだっけ。まあ、一応突っ込んでみよう。
「なぜ今さらになって呼び捨てしていいだなんて言うんだ?」
「え? ……今日はじめてだよ?苗字呼んでくれたの」
 そうだったか……?まあ、いいか……
 俺はため息まじりに沙奈を見た。なんだか嬉しそうな顔でこちら
を見ている。ここは正直に呼び捨てさせてもらった方がいいかな。
「わかった。沙奈って呼ばせてもらう。俺のことも呼び捨てでいい
ぞ……」
 俺がそういうと、沙奈はとても嬉しそうにニコニコ笑って
「うんっ、ありがとう。洸!」
 なんだろう、少しだけ心が温かくなる。そんな感じがした。


 さっきの会話の後、すぐに朝のHRが始まるチャイムが鳴った。
 チャイムが鳴ってから数十秒。一年B組担任の先生が教室に入っ
て来た。何だか先生の様子が変だぞ?
「はい、号令お願いします。今日は三崎、日直だ」
「わかりました、先生」
 華奢な体つきをして、色は白く、体育のときはいつも見学をして
いる病弱で有名な三崎 雪華(ミザキ セツカ)。別の学年に三つ
子の兄弟がいるらしいが……まあそれは置いておいて。なんだか少
し気になっていたので名前は覚えていた。
「起立」
 三崎の号令で、全員が立ち、
「礼」
 その一言で全員が先生に向かって礼をする。しないやつもいるよ
うだが……
「着席」
 最後に全員が一斉に座る。こうやって朝のHRはやっと始まるの
だ。朝は眠いので、立って礼をするのすらめんどくさいな。まあ、
日本全国の七割の学生は絶対思っているだろう。
「さて、突然だが……今日から転校生がこのクラスに来る」
 さてはて、また突然な。
 何でこんな時期にいきなり転向してくるのか。家庭内におけるそ
れなりの事情があるのだろうが、転向してくるにしても普通長期休
暇明けが普通だと思うが、まあそれはどうでもいいだろう。転向し
て来るにしろ、俺にとっては関わりのない、ただの同じ教室にいる
人間にしかかわりないのだからな。
「今杉、入っていいぞー」
 クラス全体が静まり返る。そして、転校生のご登場。
 教室の戸を開け、入ってきたのはごく普通の少女。
「じゃ、今杉。黒板に名前を書いてもらおうか」
「は、はい」
 何だか焦りと言うか、戸惑っている。まあ、初めて来た教室だか
らしかたがないのだろうけど。
「私の名前は今杉 柚璃(イマスギ ユリ)です。よろしくお願
いします」
 黒板に今杉 柚璃としっかり書いたあと、真っ直ぐ前を見て丁寧
にクラス全体にお辞儀をした。やっぱりごく普通の女の子にしか見
えない。ってか、まあ……そうそう変な高校生がいても困るしな。
 俺はそう思いながら後ろにいる沙奈の方を見てみた。変な女子と
言えばこいつくらいしか知らないからな。
「おい、沙奈……転校生なんだが」
 俺は振り向いて沙奈を見た。
「――……ん、どうしたの?」
 声をかけてから数秒してからやっと俺が振り返って話しかけてい
ることに気づいて笑った。
「俺の話、聞いてたか?」
「ご、ごめん……ちょっと考え事してたの」
 そう言って苦笑しながら俺に言った。こいつ、ぼーっとしてるの
はいつも見ているが何だかさっきのは違うようだった。
「なんでぼーっとしてた?」
「え? えっと、それは……て、転校生可愛いなーって思って」
 戸惑っている。すっごく戸惑っているぞ。そもそもこの言葉自体
が本心に思えないな。何を考えていたのか、すっごく気になるが、
まあそれは個人の自由だしな……そっとしておいてやるか。
「そうか。まあ……いいか」
 俺はそういって再び今杉柚璃がいる教卓の方へ向いた。



 それから、今杉柚璃が来たこと以外、今日一日変わったことは特
になかった。あえて言うなら今杉と三崎の次女の雪華と仲がよかっ
たことくらいだろうか。……あぁ、あと沙奈が妙に様子が変だった
こと。俺もいつも通り沙奈との会話を少々。それ以外はただ誰とも
関わらない学校生活を送った。
「ふう……」
 帰りのHRが終わり、少し教室から見える風景を見て一息ついた。
 何故だろう、何だか夕日が綺麗に見える。少しだけ、少しの間だ
け見ていたい。そんな気分になってしまった俺は誰もいない教室で
一人、自分の鞄を自分の机の上に置いて窓の傍で夕日を眺めていた。
 真っ赤な夕焼け。
 空が紅蓮に燃え上がり、なぜかとても心魅かれる。
 そんな空に、俺は見とれていた。
「日が落ちるのも、早くなってきたね」
 そのとき、後ろから誰かの声がした。女性の声だ。
 俺が振り返ると、そこには――カチューシャをした背丈の低い少
女が俺を見て、教室の入り口に立って微笑んでいた。


続く