『通じない想い』
四月七日。午後一時。
俺は自分の部屋のベッドに横になりながら携帯を使っていた。
それにしても、昨日から一向に利緒との連絡が取れない。
いくらメールしても、いくら電話しても出てくれない。
昨日、沙里の家にも来なかった。
何かあったんだろうか……?
「変な胸騒ぎしかしない……何故だ」
昨日見た夢が、何かしら関係があるかもしれない。
少し思い出してみることにした……
俺の最近見る夢は、何かしら周りと関わりのあることばかりだった。
美亜の相談のとき、沙里の記憶喪失のとき、そして――俺と利緒が出会ったとき。
全て、夢であって夢でない。
『夢』が、俺に何を伝えたいのか。
そして何をさせたいのか、俺には全くわからなかった。
昨日見た夢は確か、何にもない青い世界に、ただ利緒の声だけが聞こえた。
「私が、私の大切なものを傷付ける……」
大切なもの……
家族だろうか?
「お父さんも、吉久も、お母さんも……みんな私が殺したんだっ」
みんな? 母親は生きているはずじゃ――
まさか……
「なら、きっと竜芳たちも傷つけてしまう……竜芳だけには、嫌われたくない」
……だから、音信不通で昨日から姿も現さなかったのか?
まあ、そう考えるのが普通だろう。
何とかして会って話したい。
彼女に何があったのか、俺は気になって仕方がなかった。
俺は何を思ったのか、自然に外に出ていた。
明るい日差しの中、俺は自然と遠見ヶ丘に足を進めていた。
次第と歩く早さは早くなり、ついには走り出していた。
――絶対に、あの場所に利緒はいる。
そう思った。
あって話したい。何があったか聞きたい。
そして俺は遠見ヶ丘を登り、あの一本だけある桜の木の元へと向かった。
丘を登って桜が見えるところまで登ると、段々誰かの気配があるのがわかった。
桜の木の下には――利緒がいた。
出会ったときの様に、街と空を見るように木に寄りかかりながら眺める。
けれど、涙はなかった。
ただ悲しそうな顔をしていただけだった。
「……………」
俺はなんて声をかければいいか迷い、ただ利緒を見ているだけだった。
風が吹くたびに揺れる草花や木、桜の花びらと利緒の髪……
自然と、絵に入るようなそんな風景。
「……竜芳」
風が吹き、桜の花びらが散る。
そして、俺と利緒の目が合う。
あの日のあの時のように……全てが始まった、あの日のように。
彼女は俺に気づくと、とても悲しそうな顔をしていた。
まるで――そう、最後のときを惜しむかのように。
「何があったんだ、利緒。俺に話して――」
「こ、こっちに……こっちに来ないでっ!!」
「――っ!?」
俺が利緒に近づこうとし、足を動かした瞬間、利緒は大きな声で叫んだ。
なぜか、そんな言葉に俺の胸は詰まるように苦しんだ。
少しばかりの沈黙が、俺と利緒の間に流れた。
「……………」
「……………」
「利緒……お前」
「知ってるんでしょ、全部」
「何?」
「ううん……なんでもない」
一瞬、意味深な発言をしたが利緒は俺の目を見ないでそのまま俯く。
「前話したでしょ? お父さんと、弟が死んだ、って……お母さんも、死んじゃった」
やはり、そうだったのか。
母親も死んでしまった……しかし、何故?」
「私が殺したんだよ、きっと」
「殺した……?」
「実際に殺したわけじゃなくて、交通事故なんだけど、ね」
交通事故なのに、何故……
何故、そこまで利緒が悲しむ必要があるんだ?
「なら、利緒が殺したわけじゃ……――」
思い出した。
利緒と俺が、始めたあった日の夜に見た夢。
それは利緒が母親を憎んでいた夢。
そしてそんな夢の最後には、死んじゃえ、と言っていた。
それが、現実となってしまった。利緒はそう思っているに違いない。
「私が殺したんだよ……死んで欲しいって思っちゃったから、死んじゃったの。お父さん
も、弟も、みんな、私が殺しちゃったんだよ!!」
やはり利緒の目には涙が浮かんでいた。
辛そうに叫ぶその言葉は、一つ一つが胸に突き刺さるように痛い。
殺していないのに、殺したと、自分を責めるその姿が。
「じゃあ何で俺に近づくなという!」
「傷つけるから……きっと、竜芳も死んじゃうから……だから私に近づかないで」
「俺が……俺がそんなに嫌いなのか?」
「私は、竜芳が大切だから、こういうんだよ」
涙を浮かべながらも、彼女なりに精一杯俺に笑って見せた。
それは、偽りでも影でもない、本当の笑顔。
でも、それでも、俺は納得が出来なかった。
自分が嫌われているみたいで……拒否されているみたいで。
「利緒、俺はっ――」
「何も言わないで」
そんな利緒の言葉に、俺の口は止まってしまった。
胸が苦しかった。
なぜか、何もかも否定された気持ちにさせられた。
涙腺が熱くなり、目頭と目尻に涙が溜まるのがはっきりとわかった……
「ごめんね、竜芳……さよなら。もう、私に近づかないで」
そういって、利緒は俺と反対方向から丘を降りて消えていった。
悔しいという気持ちが、胸からこみ上げて俺は涙を流した。
「なんでだよ……何がしたいんだよ……」
桜の木に歩み寄り、俺は木を力強くおもいっきり叩いた。
何度も何度も叩いた。
手の皮が裂け、血が出る。
痛みも感じるけど、そんな気にしなかった。
何かに当たっていないと、自分が壊れてしまいそうだったから。
涙を流している自分が、嫌だったから。
利緒が俺に近づかないでと言った。
利緒が俺を否定した。
利緒が――辛いのに、誰かに頼りたいのに、その悲しみを堪えてもっと辛い選択を選んだ
彼女を、俺は支えてあげたい。けれど、それは彼女の本当の望みであり、嘘であった。
そう思うと、再び目に涙が浮かんでくる。
「くそっ!!」
桜の木に、俺は両手を叩きつけた。
もちろん、桜の血は一部だけ血に染まっていた。
「やめて」
幼い女の子の声が後ろから聞こえた。
俺は木を叩くのをやめて振り向いてみるとそこには白いワンピースを着た少女がいた。
「木が、血で汚れちゃう」
幼い声。どこか不思議な雰囲気の女の子。
悪戯が好きそうなその子は俺に笑いかけてきた。
「……誰だ、お前は」
「名前を聞くときは、最初に自分から名乗るもの」
なんだか、子供のような屁理屈を言われてむっと来たが、少し抑えた。
相手は子供だし、な。
「咲九野 竜芳(サクヤ タツヨシ)だ」
「うん、知ってる」
「何?」
何故知ってるんだ? 俺はそんなに人に知られていない。
ましてや、こんな少女なんてしらない。
「それで、お前の名前は?」
「ないよ」
「は?」
何だかこいつ、よくわからん。
名前はないし、俺の名前は知ってるし、わけわからん。
さっきまで泣いていたのが、バカバカしく思うほどに。
「ないんだ。ボクに名前なんて――ただ、あえて言うなら桜見 利緒(ヨウミ リオ)か
、それとも島真 美亜(トウマ ミア)か、槇崎 沙里(シンザキ サリ)……なんて」
ふざけているのか? いや、ふざけているだろう。
何故彼女たちの名前を知っている?
思いあたる節もない。
「ボクはね、この桜の木であり、君の夢なんだよ」
なんだか、信じられないような事を言われたのにもかかわらず、自然に受け入れられる。
それが人ではない、夢であるものだと。
おそらく彼女がいいたいのは、自分は目の前にある桜の木であり、夢を見させていた張本
人だということだろう。
「俺の、夢? じゃあ、最近の夢はお前が俺に見せていたものなのか?」
「うん……そうだよ。ボクたち桜の木は、人に夢を見せるのが使命なのさ! なんてね」
「……………」
「怒っちった?」
呆れて物も言えない。なんだか、よくわからなくなってきた。
満面の笑みで笑う少女は見ているだけでなぜか怒りを覚えず、親しみを覚えた。
彼女はすぐに笑みを消して、微笑みを俺に向けた。
「本当は、ただ君に夢を見せたかっただけなんだ」
「……何故だ?」
「ま、それは置いといて」
またはぐらかされた。
何だか調子のいい桜の木だ。
なんだか言い方が変だが、仕方あるまい。それ以外に言い方がないのだから。
「さて、君にはちょっとだけ長い眠りについてもらおうかな」
少女はにやっと笑い、俺の顔を覗き込んだ。
悪戯を企む子供のように、ニヤリと笑う。
「え――うっ!?」
俺は目の前にいる少女のそんな言葉を聞くと共に、意識が遠のいていった。
何かされたかはわからない。というか、寧ろ痛いことはされていない。
痛みは感じなかったからな。
そして、俺は深い眠りの中、夢を見せられることとなった――
続く
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