『過ぎ行く日々』
四月四日。
昨日はお花見。今日は沙里の家へ俺たちは向かうことになった。
沙里はお嬢様育ちで、金持ち。
そうすれば、もちろん家も豪華なわけだ。
俺は何度か沙里の家に行ったことはあるが、本当に入っていいのだろうかと疑いたくなる
ほどの家の大きさと豪華さ。
広い庭に、沢山の緑。その庭の中央には豪邸になっていて、そこに沙里は住んでいる。
沙里は父と主に家の家事をするメイドさんの佐縒(サヨリ)さん、そして沙里の面倒を見
る情秀(ナサヒデ)さんと暮らしている。
しかし、父は海外の大手メーカ会社の社長。
当然家にいれる時間も多くはない。
そんなわけで、いつも沙里の家に行くと佐縒さんと情秀さんが俺たちを出迎えてくれる。
だけど、なんとなくその家は好きにはなれなかった――
午後一時半。
一旦一時に俺の家に集まった美亜と健矢と利緒。
俺を含めた四人で、利緒の家へ向かい、今まさにチャイムを鳴らすところだ。
大きな門の右にチャイムはついていた。
そこは俺や健矢よりも来ている美亜に任せることにした。
美亜がボタンを押してチャイムを鳴らす。
「美亜様方ですね? 沙里お嬢様からお聞きになっております。どうぞお入りください」
と、門の何処かから情秀さんの声がする。
相変わらず、金持ちの凄さを見せ付けられる門だ。
初めて来る利緒は、どこから声が出ているのか不思議そうに辺りをキョロキョロしていた。
ま、俺も最初はそうだったけどな……
情秀さんの声が消えると共に、門は勝手に開かれた。
そして俺たちは沙里の家へと向かった。
豪邸の玄関へと入るために、大きな扉を開く。
すると目に入るのは綺麗に掃除された床や窓、二階へ続く大きな階段。
そして天井にはシャングリラが宙に吊るされて飾られていた。
「美亜ちゃん、健矢くん、竜芳様、いらっしゃい」
と、玄関で出迎えてくれたのはメイドの佐縒さんだった。
相変わらず……いや、うん。
健矢はもろ口に出しそうなくらい顔に出ているが。
「ちょっと、健矢。鼻の下伸びてるわよ?」
少し怒った声で健矢に美亜は拳を握り締めながら言う。
「相変わらずお美しいですね、佐縒さん」
「いやぁね、健矢くん。お世辞を言っても何もサービスしませんよ」
健矢が女口説きモードに入った。
バカな健矢に気づいていないのか、それとも天然なのかわからないが微笑みながら頬に手
を当てて健矢を見ていた。
それを止めるため、美亜は怒りの鉄槌を健矢にくらわせた。
「いっつー!!」
脳天直撃。
鈍い音が当たりに響き渡るのを、しっかりと耳で聞くことが出来た。
確かにとてもメイド服が似合い、顔も可愛くて、でも何処か大人の雰囲気をだしている。
俺も、最初見た時は少し見とれてしまった。
「ねえ、竜芳」
「ん?」
利緒が俺の服の袖をぐい、と引っ張りながら佐縒さんを見ながらいう。
「メイドさん、好きなの?」
「……………」
「好き、なんだ」
「……………」
「私や美亜がメイド服着たら、似合うかな」
「……さあ?」
なんだか、とても反論する気も起きない。
だが、一応否定はしておきたいので……
「メイドが好きってわけじゃないが……」
「そうなの? でも、竜芳、一瞬ちょっとにやけてた」
「何……!?」
いつにやけた!? 自分じゃわからないが、相手から見ていたらわかることもある。
もしかしたら、にやけていないつもりでも、にやけていたこともあるかもしれない。
それにしても、利緒は俺を観察してるのか……?
「あら、皆さん来てたんですね」
二階の階段から沙里は玄関に向かって下りてきた。
なんだか、とても嬉しそうだ。
「佐縒さん、なんで早く通さなかったんです?」
利緒はメイドである佐縒さんに歩み寄って聞く。しかし佐縒さんはまだ片手を頬に当てな
がら微笑んで沙里を見つめた。
「お嬢様、申し訳ありません……ちょっと健矢くんに口説かれていたもので」
気づいていたのか……それでずっとその反応を示していたのは何故だ……
「健矢さん……」
じっと、沙里は健矢を睨む。
健矢はその剣幕に少し驚く。
「不潔です」
キッパリといわれた健矢は、壁を向いてしゃがみ込んだ。
泣く――というか、泣くふりをして悲しんでいる。
ふり、なのだが精神的に痛いところもあるだろうに……
沙里にキッパリ言われるのは、結構キツイものがある。
「さ、健矢さん以外家に上がってくださいな」
「ヒドッ!!」
健矢は勢いよく立ち上がったが、沙里は口を手で抑えて笑っていた。
「冗談ですよ――さ、中に入ってください」
中に入った俺たちは、ひとまず沙里の部屋へ行くことになった。
それにしても、無駄に家は広い。
たった三人しか住んでいないのに、こんなに広い必要性があるのか?
そう考えると、血のつながったもののいない家に暮らす沙里は、寂しい思いをしているの
かもしれないな。
「ここが私の部屋ですよ、利緒さん」
初めて来た利緒を案内しつつ、俺たちは沙里の部屋へと来た。
部屋の中に入り、まず座る。
沙里の部屋はいたって普通で、物はあまり置いていない。
置いてある物としたら、勉強机やノート、教科書類。それとドレッサー。
ぬいぐるみとか、女の子らしいものはあまり置いてなく、唯一それっぽいものはドレッサ
ーだけであった。
利緒は部屋に入るなり、辺りを見渡していた。
「それで、何をするつもりなんだ、沙里」
座って一息ついたところで、俺は沙里をここへ呼んだ目的を聞いた。
「いえ、何も」
何もないのに俺たちを呼んだのか、あんたは……
「あえて言うなら、美亜を最後にここに呼んでおきたかったんですよ」
と、微笑みを美亜に向けながら沙里は俺に言った。
美亜はらしくもなく、顔を背けて照れていた。
「ありがと、沙里」
そんなわけで、俺たちは今まであった思い出話をすることにした。
もちろん、利緒がちゃんと会話についてこれるように説明しながら。
そんな話の中、美亜と沙里のことが気になった。
彼女たちは小学校のときにしりあった。
ちょうど四年生になるころ、友達が俺と健矢しかいなかった美亜は別のクラスとなり、と
ても寂しい思いをしていたらしい。
それでも俺や健矢はちょくちょく遊んでいたんだが、それでもやっぱり寂しそうだった。
一人の女の子が、そんな寂しそうな美亜に話しかけたのがきっかけだと、二人は話してく
れた。
話をするだけで時は過ぎ、俺たちは沙里の家から自分の家へと帰っていった。
俺と利緒は健矢、美亜と別れ二人で一緒に帰ることになった。
「竜芳、クッキー食べて」
「あ、そうだったな」
すっかり忘れていたが、今日も美亜はクッキーを持ってきていた。
袋を取り出し、俺に差し出す。
昨日は少し大胆に行き過ぎで二回目ではずれを引いたけれど、今回はしっかりと確認する
ことにした。
クッキーの入った袋を開けて、手にとって見る。
色は黒くない、狐色のクッキー。
――色よし。
次に形だが、そう目だって悪いものはない。
――形よし。
最後に匂い。クッキーを持った手を鼻に近づけて匂いを確認する。
いたって、変な匂いはしなかった。甘い、砂糖の匂い。
――匂いよし。
「どうしたの?」
変な行動をとっていた俺に疑問を持ったのか、利緒は首をかしげてこちらを見ていた。
「なんか、変なものでも入ってた?」
「まだ食べてないからわからないけど、パっと見、大丈夫だな」
とりあえず、一つクッキーを口の中に入れてみた。
「……………」
「どう、かな?」
「美味い」
俺は一言そういうと、再び袋からクッキーを取り出して食べる。
やっぱりおいしい。売り物にしてもいいくらいだ。
「ホント? ホントにホントにホント? 嘘じゃない?」
「ああ、ホントにホントにホントだ。嘘じゃない」
「よかった……」
小さな安堵の息をふっと漏らし、利緒は少しだけ微笑んだ。
そんな彼女は少し可愛いものがあった。
「美味くなったな……最初の頃に比べると、とてもじゃないが、比べ物にならない」
クッキーを食べながら俺は利緒にそういった。
それを聞いた利緒は少し俯いて恥ずかしがっていた。
「えと……ご、ごめん」
「気にするなって、言ったろ? それに、こんなにおいしいクッキーを焼いてもらったん
だから、むしろ礼を言うのはこっちかもしれないな」
「ありがと」
「ああ、こちらこそ」
そして俺と利緒は、それぞれの家へと帰っていった。
続く
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