『平凡で平和な一日』
四月三日。午前十一時。
俺は花見のために十時に起きて、約束の場所へと行く準備をしていた。
昨日、美亜のお別れ会をちなんだ花見をすることにした。
そして俺は、昨日全員にこんなメールを送信した。
件名:花見
『明日、花見をしよう。昼の十二時から、遠見ヶ丘に集合だ。』
なんとなく、俺は遠見ヶ丘の桜を見ながら花見をしてみたかった。
すると全員万条一致でOKをしてくれた。花見をしながら食べるものは美亜と沙里が作っ
て持ってきてくれるらしい。それと、利緒のクッキー。
俺と健矢は何もしなくていいらしい。
なので行く準備とっても、持ち物も何もないのだが。
「……今日は暖かいから、ジャンパーはいらないな」
部屋のクローゼットに入っているジャンパーを手にとって見たが、よくよく考えればもう
暖かい時期になってきた。それに今日は薄着でもそんなに寒くはないくらいの暖かさだ、
と昨日見た天気予報でやっていた。
それにしても、少し気が早すぎたためか、時間が少し余ってしまった。
壁にある時計は、十一時になったばかりだった。
すると、そのとき家のチャイムがなった音が聞こえた。
――誰だろう?
今日は母親がいないので、少しメンドくさいが俺が出ることになった。
部屋を出て、階段を下り、すぐに玄関へと向かう。
玄関のドアノブに手をかけて開けてみると、そこには小さな袋を両手に大切そうに持って
いる女の子――利緒が立っていた。
多分、その袋はクッキーが入っているものだろう。
「おはよう、利緒。早いな」
「……おそよう、竜芳」
「お、おそよう?」
少し意味のわからない挨拶に、俺は首をかしげた。
「だって、もうこんにちはだから」
「そ、そうだったな……」
俺の体内時計が狂っているせいでもあるが、利緒はたまに意味不明なことを言うときがあ
る。昨日だって、幾度かそんな発言をしていた。
「もう花見の場所に行くか?」
「うん……それと、クッキー今日も焼いてきた」
そう言って、大切そうに持っていた小さい袋を俺に差し出す。
俺はそれを受け取ると、袋を開けようと、袋の口に手を伸ばす。
「今は、ダメ」
「え?」
「後で……お花見しながら、食べて」
――そういうことか。なるほど。
楽しみは後で取っておく、ということなのか知らないが、少しクッキーが気になりつつも
俺と利緒は二人、花見の舞台でもある遠見ヶ丘へと向かった。
十一時四十一分。
遠見ヶ丘へ行くと、そこにはマットを敷いて場所を取っていた健矢がいた。
俺と利緒はそのへ行くと、健矢は俺を睨んだ。
「なんでお前だけ何にもしないんだよー」
と、言われても何をしろと言われたわけでもない。なのでそれは仕方がない。
っていうか、何で場所取りをしてるんだ?
大体予想はつくけど、俺は健矢に指示を出した本人の名を聞いてみることにした。
「それで、場所取りをしろと誰に言われたんだ?」
「沙里……」
「何!?」
意外な人物の名前が出て、俺はビックリした。
美亜ならともかく、あの沙里が……
「多分、オレの考えていくと沙里はここに来たことがないから沢山人がいる場所だと思い
込んで場所取りは誰も分担されてなかったから、オレに指示したんだと思う」
「なるほどな」
確かに、一度来た美亜なら人が誰もいないことぐらいわかるだろう。
それにしても、本当に人がいない。
辺りを見渡しても、人間は三人しかこの場にいない。
とりあえず俺と利緒は健矢が敷いたマットの上に座ることにした。
上を見上げると桜が。
風は生ぬるく、丁度よい暖かさ。
そして、とてもいい風景。
はっきり言って、遠見ヶ丘を選んだのは正解だった。
「おーい、みんなー!」
「すみません、遅れましたっ」
俺と利緒が到着してから五分ぐらい経ち、美亜と沙里が大きい荷物を両手で抱えるようにそれ
ぞれ一つずつ持って来ていた。
あれが花見をしながら食べる食べもの……とても多いように見える。
少し小走りで二人はマットに向かって来た。
「よいしょ、っと」
重そうな荷物をマットの上に置く。
荷物の包みを開けてみると、それは重箱。
しかも二つとも。
その中に、食べ物が入っているわけだ。
朝から何も食べていない俺にとっては、見ているだけで結構辛いものがある。
「さて、お花見しよっか」
美亜と沙里がマットの上に座り、花見が開始されたのであった……
やはり、遠見ヶ丘に吹く風は気持ちいい。
そんなに風も強くないし、何も言うことはない。
みんなを見てみると、とても楽しそうだ。
美亜と沙里が作ってきたものもとてもおいしい。
しかし、問題はまだ残されていた。
「利緒。食べていいかな?」
「うん」
クッキー。今日は昨日と比べて、どれくらいおいしくなっているのだろうか。
はっきりいって、少し怖い。
けれど、一度言ったことはやめてはいけない。
食べてやる、と言ったんだから食べないと……
クッキーの入った袋を開けてみる。
そして、色や形を見ないで一つ選び、口に入れる。よく噛み締めて、下で味を確認する。
そんな様子を、利緒はじっと見つめるように見ていた。
「ん……少しずつ上手になって来ているな」
昨日、一昨日よりもクッキーはおいしくなっていた。
まだ売り物としては出せないけれど、食べるにしては普通だ。
その言葉を聞いた理緒は声に出さずに笑って喜んだ。
しかし……なぜかちょっとしょっぱい。
「なんで、ちょっとしょっぱいんだ? そういう味付けなのか?」
それを聞いた理緒は何かに気づいた顔をして、俺の顔から目を逸らした。
これは絶対に何かある。
「えっと……砂糖と塩、間違った……」
「な、なるほどな」
とてもベタな間違いをしてしまったものだ。
まあ、砂糖と粉洗剤を間違ったと言わないだけマシだろう。
「明日になったら、また美味くなってるんだろうな……」
と、そういいつつ俺は再び袋に手を伸ばしクッキーを手にとり口に入れる。
なぜか、さっきとはまた別の味がする。しかも、これは前に味わったことのある味だ。
てか、一昨日食ったよ……
「しかし、一部焦げたようだな」
「う、うん……」
利緒は申し訳なさそうに少し頭をさげた。
「ご、ごめん……」
「何故謝る……」
「だって……また失敗しちゃったから」
俯いた利緒の頭に、俺は手をやり少しだけ笑って見せた。
「気にするなって……な?」
「なんだよー竜芳。ラブラブしちまってよ!」
さっきからそんな俺と利緒のやりとりを見ていた健矢は、ニヤニヤしながら俺を見た。
何故か俺と利緒は少し顔を赤らめてしまった。
「二人とも、可愛い〜♪」
「ホントですわねー。お顔が真っ赤になってますわ」
健矢に便乗して美亜と沙里もからかう様に言ってきた。
三人に言われると、少し困る……
食べ物を全て食い終わった俺たちは、後は主に桜を見ながら笑い話などの雑談をしていた。
健矢と美亜と沙里が仲良く話をしている。利緒は桜をじっと見つめていた。
一方俺はというと、みんなの邪魔にならない程度にマットに横になっていた。
両腕を頭の後ろに回し、仰向けになって桜の花を見ていた。
それは眠くなるくらい気持ちいいものだった。
春風がとてもいい。
「ふぁ〜……っ」
思わず欠伸をしてしまった。少し堪えたのだが、やはり欠伸をすると涙が出てしまうもの
だ。すぐに出てきた涙を拭うが、それでも目は充血していた。
「いい風だな……」
思わず目を閉じてしまい、俺は寝てしまった。
目を開けると、みんな帰る用意をしていた。
空を見てみると、日が沈みオレンジ色に染まっていた。
「もうこんな時間か」
俺も起き上がり、帰る用意をする。
といっても、マットを畳むのを手伝っただけだが……
そして、そんな平凡で平和な一日が、過ぎていった。
明日は沙里の提案で、沙里の家へ行くことになった。
続く
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