『悩み』


――夢だ……
眠りについた俺は、再び変な夢を見た。
また、見ていると言うより見せられている夢。

一人の女の子が、楽しそうに話をしている人たちを見て羨ましそうにしている。
その女の子は、とても見覚えのある人だった。
――美亜……?
まさか、自分の夢に彼女が出てくるとは思わなかった。
前みた利緒の夢より、とてもわかりづらい……
ただ、楽しそうに会話をしている自分達と同じくらいの年齢の男子や女子たちを見て、た
め息を吐いて羨ましそうに見ている。
何か、辛いことでもあったのだろうか?
どう見てもそんな辛いことがあったようには見えない。
――……まさか。
――ジリリリリッ――



四月二日。
夢は目覚まし時計の音によって消されてしまった。
早くスイッチを押さないと、目覚ましの音が鳴り続けるとうるさいのですぐに押した。
正直言って、目覚まし時計の音はあまり好きではない。
心地よい眠りから覚まさ、目を開けてもスイッチを押さない限りなり続けているあのうる
さい音は俺にとってとってもウザイものだった。
「ふぁぁぁっ」
目覚まし時計の音を消した俺は、上半身だけを無理やり起こして欠伸をして眠気を覚まし
た。そして時計を見てみると、時間は九時になっていた。
まだ寝ぼけ気味なので、我に戻るために顔を洗うことにした。
自分の部屋から洗面台までいくのはとてもメンドくさい。
冷たい水でさっと顔を洗うと、すぐに目が覚めた。
「竜芳ー、美亜ちゃんから電話よ」
洗面台の前に立っているとき、居間にいる母親が俺を呼んだ。
しかも、美亜から……今日見た夢を思い出すとタイミングがよすぎる気がする。
顔をタオルで拭き、すぐに居間へと向かった俺はすぐに電話に出た。
「竜芳だけど……なんのようだ?」
『もう、携帯に電話をかけたのに一体今まで何してたの?』
と、少し起こった様子の声が電話から聞こえた。
「仕方がないだろう? 顔を洗ってたんだ。ちなみに起きたばっかりだ」
『ねえ、ちゃんと起きてからメール見た? なんどか送ったんだけど――』
俺は何だか悪いことをしたな、と変な罪悪感を覚えて黙ってしまった。
『やっぱり見てなかったんだ……ま、いいけど――それより、竜芳くん。今からそっちに
行ってもいいかな? ちょっと話したいことというか、相談事があるんだけど』
「相談、ねぇ……」
なんで俺に相談をしたがるのかがわからない。
正直言って、俺は相談を受けたりするのはとても苦手だ。
性格のことを考えたら、まあ当然のことなんだろうが……
『それじゃ、今から竜芳くんの家に行くからよろしくね♪』
ガチャッ。ツー、ツー、ツー、ツー、ツ……
何だか半強制的な気がする。
しかし相談事を持ち込むなんて、余程のことがないかぎり美亜ならしないはずだ。
それも気になるので、とりあえず朝食は食べないで部屋に戻った。



部屋に戻ると汚れているベッドの毛布などを直し、机の上に置きっぱなしの携帯電話を手
にとって開くと、着信メールが二件来ていた。
どちらとも美亜からのメールだった。
俺は再び携帯を机の上に置くと、微かにチャイムのする音が聞こえた。
「おじゃましまーす」
美亜が階段を登って俺の部屋に入ってきた。
「竜芳くん、おはよ♪」
「ああ、おはよう。まあ、適当に座ってくれ」
彼女はベッドに腰をかけた。なので俺は勉強机の椅子に腰を下ろした。
そして少しの沈黙。
黙っていても仕方がないので俺は自ら話を切り出していった。
「えっと……相談って何だ?」
「うん、そのことなんだけど――」
美亜らしくもない、とても深刻な顔をしていた。
「落ち着いて聞いてね?」
「俺は十分に落ち着いているが」
「うん。だからあなたに相談があるの……」
そんなに冷静さが伴われる相談なのか? とりあえず俺は黙って話しを聞くことにした。
再び少しの沈黙が流れ、そして美亜は口を開いた。
「えっとね……私、四月九日に引越しするんだ」
それはとても突然のことで、俺は受け入れられないのか、実感がわかなかった。
けれど、美亜の顔を見てみると、それは本当の事だということがわかった。
俯いて、とても悲しそうな顔をしている。
「ここら辺じゃなくて、遠いところか?」
「遠いところ……ちょっと、親の用事でね……」
「みんなには、言ったのか?」
何も言わずにただ美亜は顔を横に振った。
一番いいづらい人はもしかしたら健矢かもしれない。沙里とだって別れるのが辛いだろう
し……そう考えると、確かに俺に相談した方が得策かもしれない。
「それよりね、もっと大切なことを竜芳くんに聞きたんだけど」
「なんだ? 力になれることなら、何とかして見せるが」
とは言ってみたものの、内心不安な自分が少し腹立たしい。
美亜は本当に本気で悩んでいるというのに……しかし、相談があるといえば嫌でも聞いて
あげてしまう。
「引越しをするのは嫌だよ……理由は二つ」
その理由の一つが、悩みの種、ということなのだろうか?
とりあえず大人しく俺は美亜の話を聞くことにした。
「一つ目の理由は、みんなと別れてしまうこと」
「結構遊んだりしていたからな……思い返してみると、小学生のころから俺と健矢と美亜
はいつも遊んでいたな」
俺の言葉で、美亜は少し笑ったが、やはり悲しそうだった。
「二つ目の理由――それは、友達が出来ないから、寂しい……」
そのとき、俺はふと今朝見た夢を思い返してみた――
羨ましそうに仲良く話す人たちを、ため息をつきながら見ている美亜。
「私、人と接することが苦手なんだ……それで、引っ越したら当然、健矢や竜芳くんとも
お別れしなくちゃいけないんだけど――人と接するのが苦手な私は、友達なんかできない
と思うの……」
「それで、俺は美亜に何を――」
と、言いかけたとき美亜は俺の顔を覗き込むように見て笑っていた。
「竜芳くんって、根暗そうに見えて結構人と接するの得意だよね」
「まさか、そんなわけないだろう。人と接するのは大の苦手だ」
「じゃあ、なんで利緒ちゃんとはあんなに仲がいいのかな〜?」
「うっ……」
それを言われて困った俺は、恥ずかしいのもありそっぽを向いた。
一方、美亜はというとさっきの悲しい顔はなく、いつもの美亜に戻っていた。
「竜芳くん、カワイー♪」
「悪趣味だぞ、お前」
ため息を吐いて俺は自分の頭をかかえるように手を当てた。
やはり、美亜と会話をしていると調子が崩れてしまう。
「ていうかさ、竜芳くん。私、一つ質問があるんだけど」
「なんだ?」
「利緒ちゃんってさ、あの例の子?」
――例の子って、誰?
少し昨日、一昨日の記憶を探ってみた。
もしかしたら、とは思うが……やはり気づくものなのだろうか?
「正夢、だったんでしょ」
あの夢のことを話してしまった自分が悪い。
なので仕方がなく、利緒のことを話してあげた。
あの夢で見た場所で出会った少女だと、教えてあげられる範囲で。
「それより、なんでわかった……」
「勘よ、勘。女の勘ってやつかしら?」
「俺は男だから知らん」
「おほほほほ♪」
やはり調子が狂うな……美亜と話すときはいつも健矢がいたのだが、今はいない。
それを考えると、美亜と一対一で話すのは久しぶりかもしれない。
「それで、本題なんだけどさ――竜芳くん、私、どうしたらいいんだろう?」
少し話が脱線してしまったが、本題はどうしたら美亜は他の人と普通に接することが出来
るか、という話だったはずだ。
「じゃあ、まず……何故、他の人と接するのが苦手なんだ?」
やはり、そんなに悩みの種にするということはそれなりの理由があるからだろう。
そう思った俺は、まずその理由を聞いてみることにした。
美亜は両腕を組んで、目を閉じて考えていた。
「昔からなんだけどさ……私は結構他人と話すのが嫌いみたいなんだよね」
「嫌いみたいって……まるで自分のことをわかっていないような言い草だな」
「条件反射、っていうのかな? あんまり好きじゃないんだよね」
「そうか……じゃ、質問を変えるぞ」
意外な美亜の弱点を知った俺は、答えに戸惑い、質問を変えることにした。
「友達って、どうやって作るものだ?」
「え……?」
それは、簡単のようで難しい質問。我ながら、バカな質問をしてしまったと思ったが、こ
の返答次第で、実際のところは答えは見えてくる。
「わからない……」
普通の人なら、そういうだろう。
「じゃ、どうやって俺や健矢は美亜の友達になったか……どうしてなったか。それを考え
れば答えはわかるはずだ」
何も言わずに、真剣に考え始めた。そんな美亜を見ているのも楽しい気もする。
少し意地悪な質問をしてしまったが、これがわかれば美亜はもう大丈夫だろう。
悩んで悩んだあげく、美亜は一言、俺に言った。
「友達になりたいと思ったから――」
「そうだろう? 友達になりたいと思ったら、自分からいう。その言葉に偽りがなかっ
たのならば、相手もそれなりに返事をしてくれる。あとは他人と話すことを恐れずに普通
に話せるように努力することだ。そうすれば、きっと友達ができる」
「そっか……そうだよね、うん」
ベッドから立ちあがり、美亜は笑って見せた。
どうやら、悩みは解決したらしい。
「ありがとね、竜芳くん」
「どういたしまして」
「それじゃ、私そろそろ帰るね。健矢や沙里にも言わないといけないし……それに、利緒
ちゃんと竜芳くんの邪魔しちゃ悪いしね♪ ――それじゃ、またね」
そう言って、美亜は俺の部屋から出て行った。
昨日のことを振り返ってみると、確か昼ごろに利緒がクッキーを持ってくるはずだ。
――腹も空いたし、楽しみにして待ってるか……



それから時間は十二時を過ぎ、利緒が昨日約束したとおりに遊びに来た。
携帯電話の電話番号とメールアドレスを教えてもらい、クッキーの評価をしてから利緒は
自分の家に帰って行ってしまった。一応、利緒にも美亜が引っ越すことを伝えると、少し
寂しそうな顔をしていた。

ちなみに、クッキーの味は昨日よりはマシになっていたが、まだまだといったところだった。
未だに美亜がいなくなるという実感がわかない。
やはり唐突過ぎたのだろう。
だけれど、別れは別れ。それは仕方がないことだ。
だからといって永遠の別れ――というわけではない。
この世に存在している限り、どうにかすればまた会える。
それにまだ時間は残っているんだ。
彼女も、残された日にちで少しでも多く、俺たちとの思い出を作ろうとしているはずだ。
そう思った俺は、明日花見をしようと全員を誘った。



続く

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