『寂しげな少女』
心地よい風が吹き、街全体を見渡せる丘――遠見ヶ丘。
まさに今、俺の目の前で正夢が起ころうとしていた。
――……いた。
桜の木の下に、女の子が一人。
丘の先に見える街を見ていた。
風が吹く――
温かい温もりが感じられる。
それも、夢と全く同じ感覚。
そして、風によって桜の花びらが少しだけ散ってゆく。
――夢と同じ……
俺は夢と同じように、その少女に向かって一歩一歩、ゆっくり近づいた。
やっぱり、その少女は木に寄りかかり、丘から街並みを眺めている。
何処か寂しげで、虚ろな瞳……
そんな少女に見とれながら、俺は次第に少女と近づいていった。
と、そのとき――また風が吹いた。
一本の桜の木から、花びらが再び散る。
そして俺の目の前を通り過ぎて――
彼女は俺に気づいた。
「あ……………っ」
やはり、泣いていた。
恥ずかしそうに俯いた少女は左手で涙を拭った。
――ここからは、夢の後、か。
俺はとりあえず気になるので、少女の元へと歩み寄った。
とはいっても、少し距離をとった。最初っから親しくする人ではない。
「何……?」
意外とあっちの方から俺に声をかけて来た。
虚ろな瞳が、俺の視線と合う。
目は涙を流していたのもあり、赤くなって頬も赤く染まっていた。
恥ずかしさもあり、泣いていたのもあるのだろう。
「えっと、その……何で、泣いていたんだ?」
不器用な俺は、丁寧語とか気の使った言葉を選ばずにぶっきら棒に言ってしまった。
初めてかける言葉だが、こんなんでいいのだろうか?
「……………――なんで」
「え?」
よく目の前にいる少女を見てみると、目尻に涙をためて泣くのを堪えていた。
――俺、何か悪いことでも言ったかな……
さっきの言葉で泣いてしまったんだろうか? いや、そんなことぐらいで泣かれても困る
よな……もう少し、気の利いた言葉をかければ良かった、と言っても、言ってしまったも
のはもう前言撤回しようが彼女の耳には入っているので、無理な話だ。
「ねぇ、なんで……気にするの?」
涙を拭ってから落ち着いた少女から帰ってきた言葉は、とても答えづらいものだった。
正直言って、質問で質問に答えるのは関心せんな、と言いたいところだが……そうも言っ
てられない。
「なんでって……とても悲しそうだったから」
もうちょっと気の利いた言葉はないのか、とは思ったが、これしか言い様がなかった。
俺の言葉を聞いた少女は、体をこちらに向けたまま、顔を背けた。
「……………」
「……………」
「……………」
「ぅ……………」
「………………ぅ?」
「あ、あは、あはは……」
なんだか、正夢となって現れた少女は俺にとってとても苦手なタイプの人間だったらしか
った。
俺は話すのが得意じゃない。だから相手も話すのが得意じゃない人は苦手なのだ。
これじゃ話が進まないので、とりあえず名前を聞いてみることにした。
「えっと、君、名前は?」
「名前……桜見 利緒(ヨウミ リオ)――あなたは?」
「俺は咲九野 竜芳(サクヤ タツヨシ)だ」
「タツヨシ……」
彼女もどこか、俺に似てぶっきら棒みたいだ。
先ほどの泣いていた様子とは違う雰囲気になっていた。
「俺でよければ、話……聞かせてくれないか?」
俺の言葉を聞くと、利緒は少し悲しい顔をして頷いた。
「聞いて、くれるの?」
「ああ。辛い話なんだろう? なら、人に話せば楽になる時だってある」
「でも――」
話したい。でも、話せない。そんな様子だった。
辛いことを人に話して楽になる、とは言ったものの、俺にだって人に話せないこともある
し、言いたくない事だってある。少し、彼女に無理をさせてしまうと思った俺は、利緒の
頭に手を置いた。
「ゴメンな、人に言えないような話、なんだろ?」
けれど彼女は首を横に振っている。
ということは、言える話だ。
「でも、言えないのか?」
その言葉に、利緒は頷いた。
「なら、今度でいいよ……その話は、また今度聞く」
「うん……」
言葉は少し寂しそうだったけれど、利緒は少しだけ微笑んだ。
それでも、彼女は少し悲しそうだった。寂しそうだった。
――もっと話したい……
そう思った俺は、突然こんな話を利緒にした。
「友達にならないか?」
「――えっ」
唐突過ぎただろうか? そんな話。
けれど、俺は彼女と友達になりたい。そう思った。
友達になりたいと思えた人は、久しぶりな気がした。
「いいよ」
「いいのか?」
「うん……私も、竜芳と友達になりたい」
以外とあっさり友達になれた気がした。
まあ、ここで断られていたらそれはそれで悲しいのだが……
「そうか……なら、よろしくな、利緒」
俺は自然に笑って見せると、利緒は恥ずかしそうに小さく頷いた。
ならば、多分明日やるだろう勉強会に利緒を呼びたい気持ちになった。
「そうと決まれば、明日、家に来ないか? みんな家に来ると思うし、きっと賑やかで楽
しいぞ。俺の友達はみんないいやつだし、利緒も仲間にいれてくれるさ」
「うん、いく」
「じゃあ、明日の昼十二時、この丘の桜の木下で待っててくれないか? その時間帯にな
ったら迎えに行く。俺の家もわからないだろうし、案内がてら、一緒に行こう」
「わかった……まってるね、竜芳」
そして俺は『桜見 利緒』という少女とこの丘の桜の木の下で別れ、俺は家に帰った。
日は少し沈み、空はオレンジ色に染まっていた――
家に帰った俺は、飯を食って風呂に入って、いつも通りに自分の部屋へと戻りベッドの上
に寝そべった。それと同時に、丁度いいタイミングで携帯電話がメールを着信した。
勉強机の上においておいたため、バイヴレーションの揺れで着信音にも負けない大きな音
を出した。はっきりいってこういうのはウザイ。
ベッドから身を起こすと、机の上にある携帯電話と片手にとりすぐさまメール着信による
バイヴレーションをOFFにしてやり、次にメールをチェックした。
新着メール:2通
メールボックスを見てみると、二つとも健矢からのメールだった。
最初に来たメールを見てみると「おーい、竜芳。いるかー」と書いてあった。
メールが来た時間帯を見てみると、丁度俺が風呂に入っていた時間だった。
そしてさっき来た二通目を開けてみると「死んでんのか?」と書いてあった。
なんだか無性に苛立ってきたが気を取り直してメールを打ち返すことにした。
「生きてるって。風呂に入ってたんだ!」
送信。
それから数分もしないうちにメールは返って来た。
「お、生きてたか。それよか勉強会なんだけどさ、明日やろうだって。明日なら槇崎来れ
るらしいし。モチロンおまえン家でね」
やはり読みどおり、明日になったか。
実際のところ、明日じゃなかったら利緒に申し訳ないと思っていたところだった。
とりあえず、返事を打つ。
「OK。じゃ、明日の一時から俺の家で勉強会ということで。美亜と沙里に伝えておいて
くれ。俺、メンドイし」
送信っと。
すぐに健矢からの返事が返ってきて、やはりメールの内容は「了解ー」と書かれた文字だ
けだった。
再びベッドに戻って横になる。
俺は天井を見つめながら、考え事をすることにした。
というか、そもそもなぜ勉強会をやるんだ?
まずはそこから考えることにした。
美亜と沙里は結構頭いいのに、進んでやろうと言ったということは、出来の悪い俺と健矢
に勉強をさせるためなのだろうか?
はっきりいって、沙里の考えていることはわかるが、美亜の考えていることはさっぱりだ。
元々、わけの判らない考えの持ち主かもしれない。
よく考えてみると、四月十日から学校。ということは今日を抜かして休みの日はあと九日。
中学卒業というだけあって、春休みは結構長い。
それより、高校に卒業しても健矢、美亜、沙里の三人とは同じ高校。
こいつらとは結構昔からの仲だ。
「ふぁ〜っ、眠っ」
なんだか瞼が重くなってきた。
明日の事もあるし、俺はさっさと寝ることにした。
――また夢だ……
今度は、何も感じない。
ただ見えるだけの夢だった。
真っ暗の闇の中に見えるのは、一人の女の子だった。
「私が……っ」
涙を堪えるように服の袖で涙を拭う少女。
その姿は、確かに見覚えがあった。
――利緒……?
夢で会った少女。そして今日出会った少女。
その少女が、再び夢に出てきた。
それが何を表すのかは、俺には全くわからない。
一人の女の人が、利緒の目の前に現れた。
「あなたが、あなたが自分の弟とお父さんを殺したのよ!! なんでそんなことしたのよ
!!」
「わ、私は……!!」
「わかっているわ、あなたがやったことは」
「違う、違うの!! お母さん、信じて!!」
必死にその目の前にいる母親に、利緒はしがみついた。
泣きながら、彼女は必死に、精一杯。
それでも母親は、怒りの瞳を利緒に向けていた。
「じゃあなんであなたが一人、炎の中から出てきたのよ!! あなたが助かったなら、
あの人も助かったはずでしょう!?」
――無茶苦茶だ……!!
多分、利緒の姿をみれば火事にあったんだろうとわかる。
彼女の服は煤まみれで、少し燃えた跡が残っていた。
「私……違う」
「うるさいっ!!」
母親は利緒の頬を平手で叩きつけた。
大きい音が辺りに響く。
――気持ちはわかるけれど……いくらなんでもやりすぎだろう!!
叩かれた利緒は、一人泣いていた。
様子を見ていれば、四人暮らしの父親、母親、利緒、弟で暮らしていたのだろう。
それが、母親がいないときに火事にあい、利緒だけ無事に生還した。
しかし母親は愛する夫や息子を失ってしまった裏腹で、利緒に当たっていたのだろう。
「っ……ひっく……ぅ、ぅぅ……お母さんなんて――」
暗闇の中、利緒は泣きながら呟いた。
――死んじゃえ――
続く
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