『夢の後』


四月二十三日、日曜日。
季節は完全に春になり、外の木の枝には桜の花が咲き乱れ、温かい風が吹くと共にその花
びらはひらひらと舞い散るように落ちてゆく。
そんな平和な休日。
俺は一人、春休みと変わらないような日常を休日ならではということで満喫していた。
自分の部屋のベッドの上でぼーっと天井を眺める。
窓を開けると涼しい風が入ってきて、なんだかとてもいい気持ちになる。
暖かい外の景色が窓から見える。
「それにしても、手紙って……」
俺はベッドに横になりながら、今日、家の郵便受けに入っていた一枚の手紙を手に取った。
なんだか洒落た桜の花びらが書いてある便箋。
俺は便箋をあけて手紙を呼んでみることにした。
ベッドに寝ながらも器用に開けてみせる。


 竜芳くんへ
元気ですか? って、あれからあんまり日にち経ってないよね。
私は何とか新しい学校でも元気にやっています。友達も出来ました。
これも、竜芳くんのおかげだね。
おそらくみんなに手紙を出したんだけど、全員メールで送れよ! 
とか思ったでしょ?
なんだか手紙の方がそれっぽいでしょ?
何だか少しくだらない理由だけど、許してね。

それと、竜芳くん。
相談に乗ってくれてありがとうね……
そのおかげで友達も出来たし、こっちでも上手くやっていけそう。
やっぱり寂しいものは寂しいけれど、竜芳くんの言った通りに
頑張ってみるよ。
離れていても、友達だよ。
 美亜より


そんな手紙は何処か懐かしい感じがして、俺は少し笑った。
あれから美亜はすぐに引越しをしてしまった。
ここからはかなり離れている北の方角。
寂しさが再び蘇ってくるけど、それよりも元気でやってくれていることが、何よりも嬉し
い。俺はそう思えた。
読み終えた俺は、手紙を机に置いた。
「ん?」
まだ一枚手紙があったらしい。
俺はそれを手にとって見てみた。


PS。
利緒ちゃんと元気にやるんだぞー!
離れてても応援してるからね♪


「余計なお世話だってーの……」
ため息が出る。
けれど、なんとなく笑いがこぼれてくる。
「竜芳ー、沙里ちゃんよー」
と、下から母親の声がした。
そういえば、今日沙里が貸してもらっていたノートを取りに来る日だった。
すっかり忘れていた俺は慌ててそのノートを手にとり、手紙を机の上に置いた。


「おはようございます、竜芳さん」
玄関で家には上がらずに沙里は待ってくれていた。
「はい、借りていたノート。すまんな、わざわざ取りに来てもらって」
「いいんですよ、そんなこと」
優しい微笑で沙里はノートを両手で丁寧に持って笑っていた。
「それより、いいんですか? そろそろ約束の時間では……」
「約束の、時間?」
俺は腕時計をぱっと見て、少し考え込んでいた。
現在、午前十時。
四月二十三日日曜日午前十時。
………
「ヤッバ……!」
俺は約束を思い出し、玄関においてある靴をすぐに履いた。
踵が少し折れているが、それはまあ向かう途中で直せばいいだろう。
「すまん、沙里!! それじゃあな!」
片手を挙げて沙里に挨拶をすると、俺はすぐに玄関と飛び出して走った。
そんな光景を、沙里は笑ってみていた。
「そんなに焦らなくても、逃げませんのに……ふふっ」


――遠見ヶ丘。
俺はダッシュでこのキツい坂を駆け上がって行く。
ようやく頂上に着いた。
辺りを見回して、桜の木を見てみると、その下には利緒が俺を見ていた。
「竜芳、遅いよ……」
「すまんすまん」
少し怒った様子で俺を睨む。
俺はそれを誤魔化すかのように空笑いをしてみせた。
「それにしても、なんでここで待ち合わせにしたんだ?」
待ち合わせの場所をしていしてきたのは利緒だった。
こんな坂を苦労して登らなくてもいいだろう、なんて思えてくる。
「だって、ここは……」
利緒は桜の木の枝を見上げ、そっと撫でるように触る。
そして、そっと微笑んだ。
「私と、竜芳の……思い出の場所だから」
「……そうだな」
俺も一本の桜の木を見てみる。
しかし、他の桜の木より先に散ってしまったこの木は、ただの枯れ木になっていた。
――もう、桜はいなくなったのだろうか。
「さ、利緒。行こうか」
「うん……デート、って言うんだよね。こういうの」
「あ、ああー……まあ、そうとも言うな」
なんだか恥ずかしくなってくる。
その恥ずかしさを紛らわすように俺は自分の頬を人差し指でかいた。
そんな俺を見て、利緒は笑って俺の手を取った。
「早く行こう……竜芳」
「そうだな」
これが夢なら、覚めないで欲しい。
けれど、夢じゃない。大切な現実なんだ。
今こうして、俺と利緒は笑っている。
悲しい夢を見させないように、それ以上にずっといたくなる現実を……
――今を作り上げていく。そうやって、俺たちには毎日を過ごす。そうなんだろう? 
桜。また、会えるよな……ありがとうって、お礼もいってないんだぞ、俺なんて――。
そして俺と利緒は、手をつないで桜の木の下から……そして遠見ヶ丘から去っていった。


夢はきっと優しいものだから。美しいものだから――忘れないで、お兄ちゃん。

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