『DREAMING〜桜の木の下で〜』
桜との夢を見終わり現実に戻される。
目を開いてみると、上には白い天井が見える。
――家じゃ、ない?
横を見てみると、腕に点滴をさせれれて、手には包帯。
服は病人用の服を着せられていた。
ここは病院。
俺は意識を失ってから、病院に運ばれていたのだ。
「……――痛っ」
手のひらがヒリヒリする。
おそらく、あのときに桜の木を叩きつけたときに出来た傷がまだ残っているのだろう。
包帯で巻かれているが、それでも痛い。
時計を見てみると、午後三時になろうとしていた。
「ちーっす」
「竜芳くん、元気?」
「やっと目が覚めましたのね」
丁度よいタイミングで健矢、美亜、沙里が見舞いに来てくれた。
みんな俺の寝ているベッドを囲むように立つ。
俺も上半身だけ起こすことにした。
健矢が呆れたような目で俺を睨む。
「まったくよ、丸二日も寝やがって。何したんだよ」
「ふ、二日!?」
何故そんなに寝ていたのだろう。というか、今日は何日だ――
美亜が持ってきた花をベッドの横にある花瓶に入れる。
俺が指で日数を数えているのに気づき、ため息をつく。
「今日は九日! 竜芳くん、明日入学式って言うのに何やってんだか……まあ、今日中に
は病院から出れるみたいよ。私はもう引越しの準備終わったし、明日にはもうこの街から
いなくなる予定よ」
そうか……美亜は引っ越すんだった。
それにしても、何故二日も寝ていたのだろう。
桜の夢で、二日消費していたのだろうか?
いきなり沙里が両手を合わせてニッコリと笑う。
いつもの沙里を見るのは久しぶりな気がする。
「あ、そうですわ。利緒さんはどちらでしょう……竜芳さんを見つけて救急車を呼んだの
が二日前ですから……二日連絡が取れてないんですね」
そうだ、利緒……
俺は、利緒を助けなきゃいけないのに――
「竜芳さん、倒れたあなたをここに運ぶのに救急車を呼んでついてくれたのは利緒さんな
んですよ」
なぜ利緒が……
離れてといっていたのに、何故……
そのとき、嫌な胸騒ぎがした。
なんだろう、この胸をざわつかせる様な違和感。
嫌な予感がする。
「どうした、竜芳?」
胸元を押さえて顔を強張らせていた俺に変に感じた健矢は心配して聞いてきた。
俺はそれに苦笑して答え返した。
「大丈夫だ、心配するな」
「そっか、ならいい――」
何か、何かが……
花を花瓶に入れ終えた美亜は何かを思い出したのか、沙里に顔を向けた。
「そういえば、沙里。利緒ちゃんさ、泣いてたよね」
泣いていた?
「ええ。竜芳さんが治療室に入ってから、ずっと泣いてました。たしか……『私のせいで
……』とか言ってましたわ」
さらに嫌な予感が高まる。
俺はそのとき、どこからか声がするのを聞いた。
『お兄ちゃん、早く来て――!!」
「桜!?」
桜の声が俺に耳に確かに聞こえたのだ。
どこからかはわからないけれど、きっと遠見ヶ丘……
「おい、竜芳!! どこいくんだよ!!」
俺は腕についている点滴の針を取り病院の服のままベッドから降りて部屋を飛び出した。
そして病院の玄関で靴をとり、靴の踵を踏みつつ構わずに走り出した。
――遠見ヶ丘に、利緒はいる!!
心の中で、俺はそう確信していた。
四月九日。午後4時すぎ。
病院から約一時間走り続けて、俺は遠見ヶ丘についた。
さすがの俺でも、この長い道のりを走って丘を登るのはかなり体に答える。
おそらく、折り返しで再び病院にもどれって言われればきっとバテて倒れるだろう。
丘を一歩一歩、踏みしめるように登るその足はもうすでに棒のようになっていた。
「はぁっ、はあ……」
丘に登ると、辺りは夕暮れでオレンジ色に染まっていた。
雲までもオレンジ色に染めるその空は、綺麗だった。
そして桜の木が見える。
風が吹き、花びらが散る。
その桜の木の下には、利緒がいた。
利緒の手には、ナイフが握られている。
けれど、何かを躊躇っている……もしかすると、自殺を――
「利緒……!!」
まだ息が荒れているため大きな声は出せないけれど、精一杯の声を出した。
その声が十分に利緒の耳に届いた。
「竜芳」
「お前、何をしようとしているんだ」
「見ればわかるでしょ……」
彼女は俺の目を見ないで、片手に握っているナイフの柄をさらに握り締めた。
そのナイフで手首を切ってしまえば、出血多量で死ぬ。
「何故自殺しようとする!!」
「私はみんなを傷つける!! みんなを殺しちゃう……だから、だからせめて私がここか
らいなくなれば、みんなが傷付かずに澄むの!!」
俺は何も躊躇わず、利緒に向かって歩みだす。
「それは、根本的に間違っている」
「来ないで!!」
けれど、俺は足を止めない。
俺がそのナイフで刺されかねないけれど、それでも構わない。
俺はわかって欲しい。それだけだ
「利緒」
「嫌っ……」
ナイフを握る彼女の手首を握り、ナイフと地面へと落とした。
そして俺はそのナイフを蹴り、利緒からは届かない場所へと向けた。
「お前は、死ぬという意味をわかっているのか? 本当に傷つけていると……そう思って
いるのか、利緒」
「だって、竜芳……私のせいで倒れちゃったんでしょ?」
そういって利緒は包帯が巻かれている俺の手をそっと手で撫でる。
少しヒリヒリと痛むけれど、違う。
俺の痛いところは、違う。
「俺が傷つけられているのは、手じゃない」
「え……?」
「心だ。利緒に離れてと言われて心に傷がついた……辛かった。けど、利緒も辛かったん
だろう? わかってる……」
そういうと、利緒は素直に俺に頷いて見せた。
「素直になれよ……利緒」
「う、うぅっ……!!」
俺の手を握って、涙を瞳に浮かべる。
そして、俺に抱きついてきた。
「自分で自分を傷つけてどうする……それでも、辛いなら、俺がいる」
「竜芳……」
「そんなに俺は頼りにならないか?」
俺の胸に顔をうずめて、首を振る。
涙がTシャツを通して冷たさを感じさせる。
これは、利緒の悲しみだろうか……
「私、辛かった……大切な人がいなくなって、それでも一人だと思ってた」
「馬鹿。俺や健矢たちがいるだろ?」
「うん……うんっ……竜芳、お願いがあるの」
涙を拭って、俺から一歩下がる。
そして、俺の目を見た。
「ずっと、そばにいて欲しいの……ずっと」
「もちろん」
その言葉は何を示すかはわかっていた。
俺には、彼女を守る覚悟は出来ている。
利緒はその言葉を聞くと、嬉しそうに微笑んだ。
「あ、えっと……それじゃあね、竜芳」
そして利緒は去っていった。
いなくなってから、辺りを見渡してみると日はとっくに落ちていた。
自分の洋服を見てみると、病院の服だということに今更気づく。
「やっば……戻らないと」
疲れているけど、結果オーライということで、仕方がなく俺は病院へと戻った。
――そして、悲しい夢を見る少女は、一人の少年に助けられた。
夢を見る少女たちは、夢を見た少年に……
夢――それは、人が望むときに出来る、希望。
夢――それは、儚く見せられて、悲しみ残る記憶。
夢――それは、短くも楽しい時の流れを見せてくれるもの。
夢――それは、人の記憶に残る、小さな優しさ。
……ボクは短い間だったけど楽しいく、悲しい、いい夢を見させてもらったよ……
ね、お兄ちゃん――
風と共に、遠見ヶ丘に咲く一本の木の桜の花びらは全て散っていった。
続く
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