『夢で会った場所で』
――咲九野 竜芳(サクヤ タツヨシ)という少年が、
夢で出会った少女と、夢で会った場所で――
――夢……
夢の中……
温かい風が吹く丘。
この丘からは、街が見渡せる。
丘に咲くタンポポの花が、少し温かい心地よい風に揺らいでいる。
緑の草花が、春風に吹かれている。
それは夢だとわかっている夢だった。
普通の夢ならば、現実と夢の区別がつかないはずだ。
――これは夢だ……
あたりを見渡した俺は、その丘に一つだけある大きな木を見つけた。
その大きな木には桜が咲いて、風で花びら少しだけが散っている。
綺麗な桃色をした花びらたちは地面に落ちたり、何処かへ飛んでいったり。
と、そのとき、その木の下に一人の人がいることに気づいた。
髪の長い、少し背の小さい女の子。
その女の子は木に寄りかかって丘から街を眺めていた。
どこか寂しげで、虚ろな瞳をしている。
俺はその少女に向かって一歩一歩、ゆっくり近づいてみた。
一歩。また一歩。
自然と歩くその足は、少女から少し離れたところで止まってしまった。
風が、また吹く――
桜の花びらが、目の前を過ぎる。
「あ……………っ」
――……………
桜の花びらが目の前を過ぎったとき、少女と俺の目があった。
なぜか、その少女は泣いていた……
「竜芳!! いい加減に起きなさい!!」
「うっ……ん〜っ……」
うるさい声によって、そんな俺の夢は終わってしまった。
とりあえず、寝起きの悪い俺はただ寝たいことしか考えれない状態だった。
――眠い。
しかし再び眠りについてしまうと、母親のストレートパンチが飛んで来る。
仕方がないので眠気を覚ますように欠伸をして、ベッドから降りて母親の居る居間へと向
かった。
三月三十一日。
朝食を食べた俺は、部屋に戻って再びベッドに横になった。
今日は休日。というか、春休み。
勉強が嫌いな俺は、マンガを読んだりゲームをしたり、好きなことをしている。
暇な俺はベッドに横になり、さっきの夢のことを考えてみた。
目の前には天井があるが、脳裏にはさっきの少女の顔が浮かんでくる。
涙を一粒流して、寂しそうな顔で俺の方を向いていた。
――なんで、泣いていたんだろう。
いつも夢を見るが、たまに記憶に残る夢を見る。
だけど、いつもその夢の中では現実との区別がついていない。
しかし……今朝見た夢は、夢だとしっかりわかり、それに覚えている。
風の音、風の温かさ、草花のざわめく音。
そのときの温もりがこの肌に、そのときの音がこの耳に、しっかりと覚えている。
「あんな子、いたらいいな……はぁ」
「どうしたんだよ、竜芳くーん」
「へ?」
と、ベッドの横を寝たまま見てみたら、ダチの小野 健矢(オノ ケンヤ)がニヤニヤし
ながら立っていた。
俺が先ほど見た夢を考えている間に部屋に入ってきていたらしい。
「ちょ、お前……ノックぐらいしろよな。それにちゃんと母さんに挨拶したか? もしか
して、不法侵入してきた?」
それを聞いた健矢は気に食わなかったのか、むすっとして俺の部屋にある椅子に座った。
「馬鹿いえ! オレはそんな馬鹿なことしねぇよ。ちゃんとおばさんにも挨拶して、お前
の部屋入るときだってノックしたんだぜ?」
「は? 嘘だろ?」
ドアをノックした音なんて、ちっとも聞こえなかった。
――っていうか、健矢が来るのって昼からだろ……?
そう思った俺は、ベッドの枕元にある目覚まし時計に目を移してみると、時計の針は十二
時を回っていた。多分、マンガを読んでいた時間と考え事をしていた時間であっという間
に時間が過ぎていっていたらしい。
「かれこれ、十回もノックしたんだけどさ、いないのかなーって思ったんだけど、いなか
ったらおばさんが居ないって言うだろ? だから、開けてみたら天井ぼーっと見つめて、
あんな子、いたらいいな……って言ってため息ついてたってわけよ」
「うっ……」
――嫌なところ、みられたなぁ……
凄い嫌なタイミングで来た健矢を、俺は呪い殺したかった。
いや、どっちかというと俺がこの場から逃げたかった。
確実に尋問を受けるからだ。
危険人物がもう一人来る前に、俺はこれを説明しないといけない。
「あ、そ、そういやさ、美亜はまだこないのか? ってか、一緒じゃないのか?」
俺は少し戸惑いながらも、話を上手く逸らそうとした。
しかし、そんな努力も虚しく……
「お前、何考えてたんだよ?」
「あー、何のことかな、健矢君?」
少しワザとらしく誤魔化してみたが、やはりダメだった。
「誤魔化すな!! オレはちゃんと聞いてたぞ。メッチャ深刻な顔して、あんな子いたら
いいなーって言ってたのを!」
「へぇ〜……咲九野 竜芳くぅ〜ん、妄想男なのねぇ〜」
「な!?」
このタイミングで、一番来て欲しくない人物が俺の部屋のドアを開けて立っていた。
島真 美亜(トウマ ミア)。噂好きのお節介焼き。
この女にあの夢のことを言ったら、噂にされるのがオチだ。
「美亜、お前、いつから……」
彼女はニコニコしながら俺の部屋にある、もう一つの椅子に座った。
――もしかして、もしかしたら、この笑みは……
見事にそんな嫌な予感は、的中してしまった。
「健矢がこの部屋に入ってから、ドア越しに話し聞いてたのよぉ、おほほほほ」
ということは、俺の聞いて欲しくなかった独り言も、バッチリ聞かれていたこととなる。
「さて――竜芳、しっかりきっかり話してもらおう」
「勉強会のつもりだったけど、そっちの話の方がおもしろそーだしねぇ」
そう――俺たちは昼から俺の家で勉強会をする予定だったはずだった。
しかし、なぜか話は俺に向けられていた。
逃げ場はなかった。
それに、もう仕方がないので話した方が手っ取り早い。
信じてもらえるかどうかは、別として。
俺は夢で見たこと、聞いたことを全て話した。
丘の上で、少女が一人、桜の木下で泣いていたこと。
その夢では、風が確かに感じられて、草花の風によってざわめく音も、リアルに感じられ
たこと。夢であって、夢でないような。
そう、俺は健矢と美亜に話した。
予想外だったのは、二人が真剣に俺の話しを聞いていたことだった。
話が終わると、健矢は笑っていた。
「お前にしては、良く出来た妄想だ♪」
「ダ・マ・レ!!」
真面目に聞いていたんだろうけど、真面目に受け取っていなかったらしい。
それと変わって、美亜は笑わずに真剣な顔をしていた。
「もしかしたら、正夢とかありえるんじゃないの?」
「正夢……って、見た夢が本当になることだろ?」
美亜の言う正夢論、もしかしたらあっている気がする。
それはそれで、嬉しいかもしれない。
けれど、その場所がわからない。
「ねえ、竜芳くん。その丘って、街の風景が見えなかった?」
「街の風景? ――あっ」
思い返してみると、最初に街の風景を丘から見渡していた。
その街が、俺の住んでいる街とは限らないけれど……
「私達が住むこの街に、そんな丘があったはずなんだけど……」
「あ、オレ知ってるぜ。確か遠見ヶ丘だっけか? 桜が一本あって、それで街全体を見渡
せるって丘」
そう、桜の木が一本だけある丘。
夢で見た丘――遠見ヶ丘に彼女はそこにいるかもしれない。
もしも、正夢だったらの話だが……
「ちょっと、行ってみよっか。その丘にね」
彼女は笑って椅子から立ち上がり、持ってきた手さげカバンを片手に持った。
健矢もその様子を見て、外へ行く準備をした。
「勉強会は、いいのか?」
よそよそしく言う俺に、美亜はニコニコしながら、
「明日やればいいっしょ♪」
といい、部屋を出て行った。
「さ、行くぞ竜芳! お前も気になるんだろ、その夢が」
と、健矢は俺の肩を少し強めに叩いて哂って言った。
そんな言葉に、俺は少し苦笑してしまった。
「いや、だけどさ……正夢かどうかも、わからないのに行く必要があるのか?」
「なんだよー。せっかくあの腹黒噂好き悪女がめずらしく乗り気なんだぜ?」
――健矢、後ろ……
俺は心の中でしか呟けなかったが、健矢の後ろには先ほど、ニコニコしながら俺の部屋を
出て行った美亜が立っていた。まだニコニコしているが、多分、心の中じゃキレてる。
「けぇ〜ん〜やぁ〜? 何か言ったかしら?」
「ひぃっ!?」
やっと不気味な笑みを浮かべながら立っている美亜に気づいた健矢はその気迫に驚いたの
か、怖がっているのか変な裏返った高い声を出した。
「あー、っと……オレ、先行ってるわ」
と、少し早足で健矢が俺の部屋を出て行った。
「早く外行く準備しなさいよ、竜芳くん。私も外で待ってるからね」
「ああ、すぐ行く」
再び美亜は部屋を出て行くと、外が寒いことを予想した俺はジャンパーを羽織って、その
ポケットに携帯電話とサイフを入れて部屋を出た。
玄関のドアを開けると、健矢と美亜がいた。
外は日差しが出ているが、それでも少し寒い。
とはいえ……あちこちの木には桜が咲いている。
春――そんな季節の風は暑くも寒くもなく、身に感じる丁度良い温かさ。
「おっせーぞ、竜芳ー」
「何言ってんのよ。一分弱しか待ってないわよ?」
「オレには二十分に感じたぜ……美亜に説教くらってたからな」
俺は説教されたことはないのだが、美亜の説教はハンパなく怖いらしい。
ジャンパーのポケットに両手を入れた俺は、とりあえず自分の家の敷地を出ることにした。
「んで、その遠見ヶ丘って……何処だ?」
そんな俺の質問に、美亜が先頭になりつつ俺の方を振り返った。
「多分、こっちだと思うわ。なに、私についてくればつくわよ」
と、家を出てすぐの道を右に指差しながら美亜が自慢げにそう言った。
確かに、その先の方角には山とかある。
「本当かぁー?」
美亜の言葉に茶々を入れるように健矢が美亜に向かって呟いた。
それが耳に届いていたのか、再び黒い気を放ちながら美亜は健矢に歩み寄った。
「また説教されたい?」
「いえ、いいです」
少し冷や汗を額に流しながらの返事。
それを聞くと美亜は歩き出し、俺と健矢もそれに続いて歩き出した。
本当にその丘なんだろうか、という疑問や不安を抱えつつも、俺は少し心の隅のどこかで
期待していたのかもしれない。
歩くこと二十分。
ようやく山へと続く道へ差し掛かった。
やはり、今時期の山はほとんどの木がピンク色に染まっていた。
それでも道端にはさどほ桜の花びらは落ちていなかった。
そんな光景を見た健矢はいきなり騒ぎ出した。
「くぅ〜っ、桜はいいねぇ〜! な、な! 今度みんなで花見でもしねぇか!?」
すこしおっさん臭い健矢を睨みつつ、俺はため息をついた。
「親父かお前は……まさか、酒とか飲むつもりじゃあないだろうな」
「え、だめか?」
「ダメに決まってるだろ、まったく……俺たち四月から高校生だろ? 酒は二十歳になっ
てから飲め。しかしまあ……花見をするって言うのはいいかもな」
わいわい騒ぐのは結構嫌いじゃない。かといって、大人数でやるのは嫌だ。
俺は大人数の場になじめない人間だから、美亜とか健矢と一緒に遊んだりした方が気が楽
でいい。
こいつらは、いい友達だからな。
「えっと、この山を登らないでここから右に進んだ所にあったはずよ」
と、先ほどの俺と健矢の話をまったく聞いていなかったか、無視をしたかのように話をい
きなり割り込ませてきた。
「花見の話は後! さきは遠見ヶ丘に行くのが先でしょ?」
実は、しっかりと聞いていたらしい。
まあ……美亜は意外とこう見えてしっかりしている。
けれど、女子との人付き合いが苦手な美亜には、女友達は一人しかいなかった。
本当は、今日一緒に勉強会する予定だったんだけど、急遽にこれなくなってしまった人。
「さ、早く行っちゃいましょ」
「ああ、そうだな」
とりあえず、そのこれなくなってしまった人のことは、置いておいて再び美亜の後をつい
て行くとこにした。
美亜についていくこと二十七分と二十秒ぐらい。
俺たちはやっとその遠見ヶ丘という、丘といいがたい少し大きい丘に来ていた。
「はぁ、はぁ――マジ、きっついよ……」
先頭に立っていた美亜はいつの間にか俺たちの後ろにいた。
中学校時代、音楽部をしていた美亜にとっては少しこの丘を登るのはきつかったのかも、
しれない。まあ、俺も部活には入っていなかったけれど、そこは男と女の差、というやつ
なんだろう。
「ここが、遠見ヶ丘……」
俺はそう呟いて当たりを見渡した。
何もない丘の上。
あるのは緑の草花、所々にあるたんぽぽ。
そして、一本だけ寂しそうにぽつりと立っている桜の木。
丘の上からは、遠見ヶ丘という名前の通り街全体を見渡せるぐらいいい景色だった。
「なあ、竜芳……どうだ?」
健矢の言葉に、俺はただ当たりを見渡しながら頷いた。
そう――全てが同じだった。
夢で見た、場所が……草も、風景も、風の心地よさも、桜の木も。
「ここだ……ここで間違いない。俺が見たのはこの丘だ」
「おぉ、じゃあやっぱり美亜の言うとおり正夢だったんだな! よかったなー、竜芳!」
円満の笑みで健矢は俺に言ったが、俺はまだ一つ、納得できないものがあった。
すると、呼吸をやっと整わせた美亜が俺の横に立って辺りを見渡した。
「ふぅ……ねえ、竜芳くん。その、女の子って……」
「いない、か……」
夢であった少女は、そこにはいなかった。
桜の木下にいたはずの少女は、ここにはいなかった。
「ま、そう現実上手くもいかねぇってわけだ」
「はぁ……骨折り損のくたびれもうけってやつ? 私その子に興味があったんだけどなぁ
……」
ダブルアタック!!
悪気はないんだろうけど、俺には二人の言葉が胸に突き刺さる感じがした。
――俺だって、声には出さないけど残念だよ……
と、心の中で呟いてため息を深く吐いた。
「悪いな、二人とも。変な話に振り回してしまって」
苦笑して、俺は軽く二人に謝罪した。
「おう! いいってことよ!! オレたち親友だろ?」
さすが健矢。長い付き合いだけあって、優しい。
「ってことで、今度なんかおごれよー」
少しそんな感情を抱いた俺が馬鹿だった。
まあ、断るわけにも行かないのでとりあえず言葉に出さないでただ頷いて見せた。
「ま、私は優しいからおごれ、なんていわないけど」
「なんだとぉ!?」
二人がそんな会話をしている間、俺は少し嫌な胸騒ぎを覚えた。
「二人とも、すまんが先に帰っていてくれないか?」
そんな突然の俺の言葉に、二人は喧嘩をやめて俺のほうを同時に見た。
「どうした、竜芳? なんかあったのか?」
「いや、特にないんだが……少し一人でこの丘にいたいなーって、そんな気がした」
「なんだよー、オレたちがいちゃ悪いって――いてっ!?」
健矢の頭を拳で真上から殴り、耳を片手で引っ張って丘を下っていく。
「じゃ、勉強会は今度ということで――またね、竜芳くん♪」
「おい、待てよ美亜……いて! いてぇって! 耳ひっぱんなってーの!!」
そして二人の姿が丘から消えていった。
それを確認した俺は、再び辺りを見渡した。
日は、まだそんなに沈んでいなかった。
俺は会えることを信じて、緑の草の上に寝転がった。
次第に瞼が重くなり、俺は眠りについていた――
風が吹く。
俺はその風に気づいて目をあけた。
「俺、いつの間に……?」
ただ草の上に寝転がったけなのに、寝てしまった。
上半身だけを起こしてみて丘の先から見える街と太陽を見てみると、日はさっき見たとき
よりも落ちていた。
ジャンパーのポケットから携帯電話を取り出して時間を見てみると、午後三時を回ってい
た。自分の家を出てきたのが一時ちょっと過ぎ。そして約三十分ぐらいでここに辿りつい
たから俺は大体一時間半寝ていたことになる。
とりあえず起き上がった俺は、固まった体を解すように腕を上に突き上げて伸びた。
それと同時に欠伸をして、あたりを再び見渡した。
そのとき、確かに見た……
――……いた。
桜の木の下に、女の子が一人。
丘の先に見える街を見ていた。
続く
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